5話 副会長の表情
事前に生徒会役員に任命するのであれば知らせて欲しかった。まして、生徒達の前に立ち挨拶をさせるのであれば、話す内容を文章にするだけの時間が欲しがった。
全く予想もしていなかった展開に、ついていくことが出来ずに頭の中はしろどもどろ。可笑しな文章が出来上がる。
理事長の指示とはいえ、今年高校生に上がったばかりの新入生が生徒会役員に選ばれることは、在校生達や新入生達の不安を煽りかねない状況の中で、まずは自分が本年度の生徒会役員それも生徒会会長に選ばれてしまったことを謝罪する。
体育館の西側から東側へ。在校生や新入生一人一人の顔を確認しつつも、生徒会役員に選ばれたからには分からないことも多く至らない点も多々あると思うけれども精一杯頑張ること、絶対に途中で投げ出したりはしないことを伝えると
「分からないことがあれば俺達に聞きに来いよ」
体育館内にずらりと並んだ生徒達の最後尾。黒色の制服を身に付けて、一際華やかな見た目をした生徒の一人が右手を掲げて声をかけてくれる。
学園紹介のパンフレットの表紙を飾っていた彼には見覚えがあった。
水色の髪色に濃い青色の瞳が印象的。前年度の生徒会会長を務めていた男子生徒が声をかけてくれたのは心強いことであり、何か返事をしなければならないと考えたアヤヒナは右手を掲げると感謝の言葉と素直な気持ちを口にする。
「理事長との賭け事、何だか面白そうだね。応援するよ」
学園指定の制服を身に付ける女子生徒は腰まであるピンク色の長い髪の毛が印象的。濃いピンク色の瞳をした彼女もまた、学園紹介のパンフレッドに載っていた前年度生徒会役員副会長を務めていた女子生徒だった。
賭け事を応援するよと言ってくれた彼女の言葉を耳にしていた在校生が近くの生徒と顔を見合わせる。
「何を賭けたのか分からないけど俺は会長が勝つに一票」
白色の制服を身に付けた在校生の一人が左手を掲げて声を上げる。冗談か、それとも本心からの言葉なのか、その口調からは判断することが出来ずに会長と理事長が互いに顔を見合わせて戸惑っていると
「だったら私は理事長に1票かな」
同じく白色の制服を身に付けた女子生徒が左手を掲げて声を上げる。
「報奨金は抽選で5名様にというのはどうかしら?」
中性的な声の持ち主が考えを口にする。
「で、賭け事の勝敗はいつ頃決まるんだ?」
現在3年生である大柄な男子生徒が、ふと疑問を抱き問いかけた。
賭け事の結果が出る期間によっては自分達は卒業をしている可能性がある。
もしも、自分達が卒業した後に結果が出るのであれば、いつ頃結果を聞きに来れば良いのか。
大柄な男子生徒の問いかけに対して返事をしたのは穏やかな笑みを浮かべ、ステージ上に佇んでいる理事長だった。
「アヤヒナの卒業式に賭け事の勝敗を決めましょうか」
にこりと表情に笑みを浮かべる理事長は、アヤヒナとの賭けに勝つつもりでいる。余裕を見せる理事長は
「抽選で5名様に褒賞金ですか。そうですね、他の先生方とも相談をして決めることにしましょう」
中性的な声の持ち主の提案した褒賞金の案を保留にする。
「分かった。じゃあ、俺は会長に賭けるよ。会長が学園を卒業する時期になった時に、この体育館を訪ねることにするよ」
何の変哲もなく過ぎていく日々に、ほんの少しの退屈さを感じつつ何か面白い出来事が起こったりはしないだろうかと、ちょっぴり期待していた大柄な男子生徒は爽やかな笑みを浮かべて言う。
「良かったよ。これで、学園生活を送るアヤヒナに多くの生徒達の視線が向けられる事になるから」
小刻みに肩を揺らして笑う理事長は、わざとアヤヒナを生徒会役員生徒会会長に指名をして、敢えて本年度の生徒会会長となったアヤヒナと賭け事を行っている事実を口にした。そうすれば、必然的に学園生活を送るアヤヒナに大勢の生徒達の視線が向く事になると考えて……。
「大人げない」
本当に小さな声で本心を口にしたアヤヒナに対して理事長は開き直る。
「どう思われても構わないよ。言ったはずだよ、全力で阻止するって」
小刻みに肩を揺らして笑う理事長は、可愛い我が子が銀騎士団に所属することを全力で阻止するつもりでいる。
「見た目から自由奔放な性格をしているのかと思っていましたが、案外真面目なのですね。理事長と何を賭けたのか分かりませんが、あなたが勝つに私も一票を入れさせてもらいます。お互いに分からないことも多いと思いますが協力しあいましょう」
会長と理事長の会話を表情に笑みを浮かべたまま口を挟むこともなく黙って聞いていた男子生徒が、一向に終わりそうもない会話にしびれを切らして口を開く。
金色の髪の毛に金色の瞳が印象的な本年度の生徒会会長に選ばれた男子生徒。自由奔放な性格をしていると、その見た目から勝手に予想して、そして見事に予想を外した副会長が苦笑する。
生徒会副会長に突然選ばれることになり、激しく混乱しているはずなのに男子生徒の表情には穏やかな笑みが浮かんだまま。
あまりにも崩れることのない表情は、まるで作り物のように思えてしまって疑問を抱き問いかける。
「協力するのはいいけど、その奇妙な笑みを取り外さないか? 気味が悪い」
怪訝な顔をするアヤヒナは、躊躇することなく喜怒哀楽を表情から読むことの出来ない副会長に対して、素直な感想を口にする。
人の顔を気味が悪いと言うことは失礼なことではあるものの、今後長く行動を共にするであろう相手に先にやめて欲しいことをはっきりと伝えてしまってから、素直な考えを言葉にして相手に伝えてしまったことを早々に後悔する事になる。
「すみません」
ポツリと一言呟やかれた言葉と共に、副会長の表情が微妙に変化する。口を三日月型にして目を細めた副会長の笑みは見た者に対して恐怖心を抱かせる。不安を与えるような笑みを間近で見ることになったアヤヒナはゾッとして無意識に一歩足を引いてしまう。
「悪い。やっぱり、不気味な笑みを顔に張り付けておいてくれ」
思わず両手を顔の前でパチンと合わせて、真顔ではあったものの先ほど口にした言葉を訂正する。
「分かりました」
作ったような笑顔を気味が悪いと言ってしまったため気分を害してしまったかと思っていれば、小刻みに肩を揺らして笑う副会長の性格や考えていることが分からない。
初対面で不快なことを言ってしまったため、見えない壁を作られるかと思えば何故か興味を持たれて、驚いて言葉を訂正すれば何が可笑しかったのか肩を揺らして笑う姿に戸惑ってしまう。
「えぇっと……いいかなぁ? 仲睦まじくお話しをしている所ごめんね。本年度生徒会役員の顧問になった東城ユキヒラだよ。宜しくね。気軽に頼ってね」
随分と揺ったりとした落ち着いた話口調だった。微笑みを浮かべて、会長や副会長に声をかけた教師の僅わずかに開いた唇から透き通るような心地の良い声が漏れる。
中性的な顔立ちをした人物の藍色がかった髪の毛は、毛先まで見事なまでのストレート。さらさらの髪をしており、軽く肩にかかる程度の長さ。藍色の瞳をしており長い睫毛が印象的。
見た目からは性別を判断することの出来ない教師が頭を下げると、髪の毛が顔を覆おおい隠す。
顔を覆った横髪を耳にかける素振りを見せた教師は、無意識に胸元へ向けられたアヤヒナの視線に気付き小刻みに肩を揺らして笑う。
「胸の大きさから判断することは出来ないと思うから一応言うけど、性別は女だよ。思ったことをすぐ表情や態度に表す子だねぇ。分かりやすくて好きだけどね、胸元を見られて嫌がる人の方が多いから気を付けてねぇ」
女性教師は笑って許してくれたけれども
「会長……」
副会長であるユイトには失笑と共に呆れられてしまた。




