4話 予想外の展開
Sクラスの生徒は真っ先に体育館内に足を踏み入れていたため、既に席に着き近くの者と会話を楽しんでいた。
自己紹介を行っている者。
趣味を話し合っている者。
身分の自慢話をしている者。
会話の内容は人それぞれではあるものの、既にそれぞれのグループが作られて盛り上がっている。
一つだけポツリと空いている座席まで目立たないように足音を立てることなく一直線に移動する。
音を立てないようにソッと椅子に腰をかけると、すぐに左隣に腰を下ろしていた男子生徒と視線が交わった。
何か声をかけるべきか、それともお辞儀をするだけにとどめるべきか。
考えるアヤヒナの視線の先でクラスメートはピクリとも表情を変えることなく、ゆっくりとした動作でアヤヒナから視線を反らす。
言葉を交わすことなく顔をゆっくりと背けられてしまった。
愕然とするアヤヒナは自信を失くす。
友人を作ることが出来る気がしない。
チームを組み授業を行うこともあるだろう。
仲の良い生徒が一人もいない状況の中で学校生活を送るのは精神的に疲れる。
落ち込むアヤヒナの視線の先で、入学式開始の合図が出される。
ざわざわと騒がしかった建物内は、理事長の登場によりシーンと静寂さを取り戻す。
開式の辞から始まって校歌斉唱。
歓迎の言葉や新入生代表挨拶。
「白菊ユイト君」
理事長の手招きと共に体育館ステージ上に姿を現したのは、灰色の髪の毛が印象的な優しそうな見た目をした男子生徒だった。
穏やかな笑みを浮かべてステージ上に上がる男子生徒は人前に立つことに慣れているのか、理事長から手渡されたマイクを片手に持ち新入生代表の挨拶を口にする。
視線は真っ直ぐ正面に。
決してメモを見ることなく新入生代表の挨拶をすらすらと述べる。
男子生徒は最後に深く一礼をして理事長に手にしていたマイクを手渡した。
甲高い奇声と共に女子生徒がはしゃぐ。
男子生徒達は羨ましさや、白菊ユイトに対しての憧れと嫉妬心が芽生えて何とも複雑そうな表情を浮かべている。
「本年度の生徒会役員ですが、白菊君には生徒会副会長を務めて貰います」
無事に新入生代表の挨拶を終えてホッと安堵する男子生徒はステージ上を後にしようと身を翻そうとしていた。
まさか、理事長が全く予想もしていなかった言葉を口にするとは思ってもいなかったため、ピタリと身動きを止めて固まってしまう。
表情には穏やかな笑みを浮かべたまま視線を床に移して何やら考える素振りを見せた男子生徒は、背後を振り向き理事長に問いかけた。
「生徒会副会長という役割は、学校のルールやイベント事を一度でも経験のしたことのある在校生が務めるほうが宜しいのではないのかと思うのですが、敢えて私を指名するのは何か考えがあっての事ですか?」
本人もたった今、今年の生徒会副会長に選ばれた事実を知ったのだろう。
動揺を態度や表情には表してはいないものの、正直なところ断ることが出来るのなら断ろうと思っているのだろう。
しかし、理事長に何か考えがあって副会長に任命されたのであれば断ることも出来ない。
問いかけの返事次第では副会長に就任せざる終えない状況の中で、理事長が穏やかな表情を浮かべて頷いた。
「そうですね、考えがあっての事です。事情は後程説明します。そして、本年度の生徒会会長は東雲アヤヒナ君に務めて貰います」
言葉を続けると共に理事長が1年S組の席に腰かける金髪と金色の瞳が印象的、まるで物語の中から飛び出してきたのではないのかと思うほど、きれいな顔立ちをした男子生徒に向かって手招きをした。
眉間にしわを寄せて不快感を露にしても絵になるほどの顔面偏差値の高さ。
彼も本年度の生徒会役員に選ばれたことに対して疑問を抱いているようで、理事長が手招きをしているにもかかわらず、なかなか席を立とうとはしない。
「約束を忘れたのですか? 私の出す条件を全て受け入れる。条件を受け入れた上で、貴方が賭けに勝てば望み通り希望を叶えましょう。私は賭けに負ける気はありませんよ。大人げないと思われることは承知の上です。将来を大きく左右する願いなので全力で阻ませて貰います」
鋭い視線を男子生徒に向ける理事長と男子生徒の間で何か賭け事を行っていることが分かった。
それは、男子生徒の将来を大きく左右するような重要なものであり、理事長の真剣な眼差しを受けた男子生徒はしぶしぶと重い腰を上げる。
「ボロを出すことを願っていますよ」
ポツリと小声で呟かれた言葉に、会長に任命された男子生徒は理事長相手に鋭い視線を向ける。
「ボロを出して恥を晒す気は全く無いんで」
ほんの少し粗っぽい口調で呟かれた言葉を耳にして、理事長は苦笑する。
「せいぜい学園生活を楽しみつつ頑張ってくださいね」
理事長の言葉を耳にした生徒会会長に選ばれた男子生徒はムスッとした表情を浮かべたまま、言葉を吐き出すようにして呟いた。
「学園生活を楽しむことの出来る状況かよ」
ポツリと小声で呟かれた言葉は、すぐ隣に佇む副会長の耳に入り込む。
理事長相手に容赦の無い生徒だなと考える副会長は、金色の髪の毛と金色の瞳が印象的な男子生徒と理事長が親子関係にあることを知らない。
笑顔を浮かべたままの理事長にマイクを差し出された会長は、しぶしぶとマイクを手に取った。




