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2話 仲直り

 アヤネと名乗った少女に背中を押してもらい、家に戻ることを決意したアヤヒナが小さなため息を吐き出した。


 自宅へ近づくにつれて歩くペースが遅くなる。

 もしも、お父さんが怒っていたら……。


 穏やかな性格をしている父が怒る姿を見たことがない。

 今回の喧嘩は一方的にキレて飛び出してきてしまったため、お父さんには悪いことをしてしまった。


 少しずつ俯き始めたアヤヒナの気持ちを何とか落ち着かせようとして、アヤネがひょいっと顔を覗きこむ。

 

「前を向こうよ。じゃないと大事な瞬間を見逃しちゃうよ?」

 満面の笑みである。


 アヤヒナを勇気づけるために呟いた言葉は、娘の帰りを今か今かと待ちわびていた父の耳にも届いていた。


 玄関先に佇むアヤヒナの父親は仁王立ちである。

 怒っているのか、それともアヤヒナの帰りを喜んでいるのか、その表情からは読み取ることが出来ない。

 見事に無表情である。


 アヤネの言葉に勇気付けられて、ゆっくりと視線を上げ始めたアヤヒナが父の姿を視界にいれるなり、足を止めて半歩後ずさる。

 勢いよく顔を背けてしまった。

 顔面蒼白である。


「あ、やっぱり怒ってる?」

 眉尻を下げて首を傾げたアヤネが、アヤヒナの父親を指差すと

「うん。真顔なんて初めて見た」

 恐る恐る父親に視線を向ける。

 勢いよく顔を背けてしまったため、父親は気分を害したのか眉間にシワを寄せている。


「お父さん……」

 本当に小さな声だった。

 ポツリと言葉を漏らしたアヤヒナが動揺を隠せずにいると

「アヤヒナ」

 眉間にシワをよせて仁王立ちする父親が娘の名前を呼ぶ。

 機嫌が悪そうにも見える。

 

「やっぱり怒ってる」

 一歩踏み出す勇気の無いアヤヒナがぐずりだした。


 一連のやり取りを眺めていたアヤネが慌て出す。

 

「大丈夫。お父さんは心配してるんだよ」

 うん、きっとそう。

 言葉を続けたアヤネが両手をアヤヒナの背中に押し当てる。強引に前進させようと試みた。


「うん。いやいやじゃないの。ほら前進する!」

 首を左右にふるアヤヒナが踏みとどまろうとするものの、アヤネの力に負けて一歩二歩と足を進めてしまう。


 力を緩めたら、きっと今にも逃げ出すだろう。

 別に怒っているわけではないのだけど……。

 娘の反応に苦笑する。

 3時間もの間、家にも入らず娘の帰りを待って、やっと姿を現したと思ったのに逃げ出されてはたまったもんではない。


「分かりました。銀騎士団を目指すために私の学園に通うことは許可します。条件はつけますが」

 渋々と娘の将来の夢を受け入れた父親がため息を吐き出した。


「ユタカに一度、娘を紹介しなければならないですかね」

 ポツリと国王の名を出した父親に

「銀騎士団員の方?」

 アヤヒナが疑問を問い掛ける。


 ユタカなんて名前の銀騎士団員はいなかったはず。

 一体誰の事を言っているのか。

 アヤヒナの父親が口を開くのを待っていたアヤネが

「いえ。人間界を統べる王様ですよ。もしも、アヤヒナが条件をクリアして銀騎士団に入ることになったらお世話になるでしょう?」

「王様?」

 思わぬ人物が話題に上がったため、思わずアヤヒナと父親の会話に口を挟んでしまう。


「え?」

 思わぬ問いかけを受けてポツリと声を漏らしたアヤヒナの父親が唖然とする。


「あ、ごめんなさい。思わぬ人物の名前が上がったからつい……国王と知り合いなのですか?」

 まさかこんな所で国王の話題が上がるとは思っていなかったため、激しく動揺してしまった。

 高鳴る心臓を落ち着かせるために胸元に手を添える。


 頭の中に思い浮かぶ国王、その人物像は決して良くは無い。

 人と触れ合う事をしない表情の乏しい人というイメージである。

 

「ユタカが16歳になるまで、私は銀騎士団に所属していました。まぁ、それ以来ユタカとは会っていないので忘れられている可能性もありますが」

 20年もたったのだから姿形もすっかり変わってしまっているだろう。

 20年前はまだ、王子だったけれども現在は国王として人間界を統べている。

 国王であるユタカに会う事は叶わない可能性だってあるけれど

「もしも、ユタカが私の事を覚えていてくれていて、アヤヒナが銀騎士団になる事が出来たなら、娘を宜しくお願いしますと挨拶をしなければなりませんね」

 もしかしたら覚えていてくれている可能性だってある。長い年月が経ってしまっているため望みは薄いかもしれないけれど、淡い期待を抱く父親が苦笑する。


「城から出ない人と聞くけど……評判だって悪いでしょう? 無慈悲な人なんでしょう?」

 どうやらアヤネは国王に対してあまり良い印象は持っていないらしい。


「今はどうか分かりませんが私の知るユタカは人懐っこい少年でしたよ。ただ、私が銀騎士団を止める数日前にユタカにとっては恐怖でしかなかったでしょうね。トラウマになる様な出来事がありましたから、もしかしたらその一件で人間不信になっている可能性もありますね」

 思わずポロッと漏らしてしまった情報にアヤネが食いついてしまった。

  

「何があったの?」

 透かさず問いかけて来たアヤネにアヤヒナの父親は苦笑する。


「すみません、漏らしてはいけない情報まで漏らしてしまうところでした」

 口をかたく閉ざしたアヤヒナの父親を見て、アヤネが苦笑する。

「これ以上聞いてはいけないのね」

 何となくアヤヒナの父親の表情を見て、これ以上話したくはないのだろうなと察してしまった。

 察してしまった以上、これ以上話を聞くことは出来ずに小さなため息を吐き出した。


「あの……」

 肩を落としたアヤネに恐る恐る声をかけたのは、礼を言うタイミングを今か今かと考えていたアヤヒナである。

「迷惑をかけてしまってごめんなさい。助けてくれてありがとう」

 深々と頭を下げると

「たまたま私が通りかかったから良かったものの、本当に気を付けなよ。今後一人で人気のない脇道には入らない事! 分かった?」

 アヤネがアヤヒナをピシッと指さした。

 自分の身を危険に晒したアヤヒナを説教する。


「うん」

 頷くアヤヒナの目の前に小指を突き出すと

「約束!」

 強引にアヤヒナの小指に指先をかける。

 上下に揺らすと

「うん。約束」

 アヤヒナと約束事を交わす。


   

「人気のない脇道に一人で……ん? どういう事かな?」

 満面の笑みを浮かべたアヤヒナの父親の眉間にしわがよる。

 

「あ……ごめんね。アヤヒナちゃん。じゃぁ、私はこれで」

 和やかだった雰囲気がガラリと変わった事に気づいたアヤネが慌てて身を翻す。

 まるで逃げ出すようにしてこの場を立ち去るアヤネに向かって、アヤヒナが助けを求めて手を伸ばすものの、咄嗟につきだした手はアヤネを捕らえる事無く空を切る。


 その後アヤヒナがどうなったのか。

 言わずとも予想はつくのかもしれない。


 


 学園都市中央に位置する学園内。

 パタパタと慌ただしい足音を立てながら、大股で校内を移動する生徒が一人。

 理事長室へと続く廊下を猛スピードで移動する。

 階段を一段飛ばして駆け上がると、視界に入り込んだ巨大な扉へと歩み寄る。

 金色のドアノブに手をかけるとパシッと強い衝撃が指先を襲う。


「いっ……てぇ!」

 全く予想していなかった衝撃を受けて大声を上げたアヤヒナが、右手を押さえてその場にしゃがみ込む。

 

 共にガチャッと音を立てて開いた扉から顔を覗かせたのは、アヤヒナの父親である。


「約束通り化けて来た。これでいいだろ?」

 淡々とした口調である。

 銀騎士団を目指すために剣術や魔術を学ぶ事の出来る学園に編入をしたアヤヒナの姿を見て父親が、ひゅっと息を呑む。

「え、そこまで本格的に化けなくても……」

 アヤヒナの変装は予想以上だったのだろう。

 あんぐりと口を開いていた父親が、素早く表情を引き締めると考えを口にした。


「3年間完璧に演じ切る。無事に卒業する事が出来れば約束通り銀騎士団への入隊試験を受けに行くからな」

 アヤヒナは満面の笑みを浮かべて見せる。 

 長かった金色の髪は短くカットされている。黒い制服は男子生徒用。

 

「もしもアヤヒナが3年間バレずに演じ切り卒業をしたら約束通り銀騎士団への入隊試験を許可しましょう。しかし、途中でバレてしまったら諦めて下さいね」

 男子生徒に化けた娘との約束事を交わした父親がクスッと笑う。


 

「あぁ。分かった」

 鋭い視線を向けるアヤヒナが、ゆっくりとその場に腰を上げる。


「じゃぁ、俺は入学式に向かうから」

 変装した自分の姿を見せるために理事長室を訪ねたアヤヒナが足早に立ち去って行く。

 入学式の開始時刻が迫っている。

 

「まぁ、3年間バレずに学園生活を送る事は無理でしょうね」

 足早に足を進めるアヤヒナの後ろ姿を見つめていた父親には何か策があるようだ。

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