14話 全力疾走
「逃げよう」
国王の一言を耳にして、アヤヒナは素早く身を翻す。
国王が指を鳴らす合図と共に、国王の衣装が一変した。
初期装備のような衣服を身に纒い刃先の折れた剣を鞘に戻したユタカは、アヤヒナに向かって敏捷性を著しく上げる役割を持つスキルを発動する。
足元に現れた水色の魔法陣から溢れ出す水色の淡い光は、アヤヒナの体を囲むようにして自由に動き回っている。
飛躍力と共に敏捷性が上がったアヤヒナはユタカと並走するようにして洞窟内を駆け抜ける。
60レベル以上のドワーフが彷徨く洞窟内を真面目な顔をして駆け抜けるアヤヒナとユタカは、ドワーフに攻撃の隙を与えない。
「既にレベル60以上のドワーフ100体を討伐するクエストは完了しているのか。アヤヒナ君もカードを取り出して確認してみたら?」
懐からギルドカードを取り出して、進行中のクエストの状況を確認するユタカは穏やかな表情を浮かべている。
息を切らすこともなく落ち着いた様子で全力疾走するユタカはカードを懐にしまうと、隣を走るアヤヒナに視線を向ける。
「ギルドカードを取り出して眺めるだけの余裕なんて無いです。しゃべるのも辛いです」
息も絶え絶えになりながら全速力で洞窟の中を駆け抜けるアヤヒナは、体力をつけようと密かに決心する。
体力をつけなければ例え騎士団に所属することが出来たとしても足を引っ張る形になってしまう。
毎日の日課として早朝に走り込みをしようと決めたアヤヒナは息苦しそうにする。
「アヤヒナ君は銀騎士団を目指してるんだよね? 私の息子、第二王子であるヒビキに仕える騎士になるつもりはないかな?」
「第二王子の人となりを知らないので、まずは第二王子がどのような人物なのか知りたいです。今すぐに結論は出せません」
しゃべるのも辛いと言ったアヤヒナに対してユタカは容赦がない。
声をかけられてしまったら答えなければならない。
息も絶え絶えになりながら素直な考えを口にしたアヤヒナに対して、ユタカは興味を抱く。
アヤヒナは第二王子の人となりを知らないと言ったけれど、それはユタカも同じことだった。
「正直なところ私もヒビキが、どのような性格をしているのか分からないんだよね。恥ずかしながら同じ建物内にいても言葉を交わすことがないから」
ユタカは素直に、自分の息子でありながら言葉を交わすことのない第二王子の性格を知らないと口にする。
「一つ言えることは、ヒビキは私に見た目がそっくりなんだ」
第二王子がどのような容姿をしているのか、国民達の間で国王にそっくりだと真しやかに囁かれていたけど、どうやら事実だったらしい。
アヤヒナがユタカの言葉に返事をしようと口を開きかけたところで、視線の先に両手を広げて迫るアヤネの姿を視界に入れる。
感極まって勢いよくアヤヒナに抱きつこうとするアヤネの身体を、アヤヒナは迷うこと無く素早く避ける。
アヤヒナが軽やかにアヤネの身体を避けたため、変わりにアヤヒナのすぐ隣を走っていたユタカがアヤネに捕まった。
「無事だったのね。良かった。底の見えない崖の下に落ちて生還することは無理だって内心では思ってたから、本当に良かった」
力任せに抱きついている人物が実は国王でしたと知ればアヤネは一体どのような反応を示すだろうか。
興味はあるけれど、アヤヒナはユタカが国王である事実を口外しないことを約束しているため口をかたく閉じる。
ユタカは思考が停止中のようで、両手を開いたまま身動きをとることがない。
何故かアヤネに抱きつかれてテンパっているユタカの姿は今後見ることは出来ないだろう。
アヤヒナは激しく戸惑っているユタカの姿を目に焼き付ける。
「会長は背中を怪我していたよね? 大丈夫? 見せて」
ユタカに抱きついて満足したのだろう次はアヤヒナの番と言うように両手を広げて抱きつこうとしたアヤネを、アヤヒナは全力で避ける。
抱きつかれたら性別が知られてしまって騎士になる夢が絶たれてしまう。
「背中は自己回復魔法が追い付いたから大丈夫」
アヤネに背中の傷は完治したことを伝えると、心から心配してくれていたのだろう。胸を撫で下ろす素振りを見せる。
「会長は自己回復魔法が使えるのね。安心した」
人懐っこい笑みを浮かべるアヤネはユタカに視線を移す。
「東の森に現れるレベル30のゴブリンを100体倒したし、洞窟内でレベル60のドワーフを100体倒し終えたからギルドに報告に行かなければならないんだよね?」
アヤネの問いかけに対してユタカは小さく頷いた。
「クエストの報告を行うと報酬を受け取る事が出来るよ。隠し通路のクエストも受けることが出来るようになるから挑戦してみようか」
感極まっているアヤネに向かってユタカが爽やかな笑顔を浮かべている。
含み笑いを浮かべる副会長は無理やり表情に笑みを張り付けているように見える。
アヤネのように感情を表に出すことは無かったけれど、副会長も会長やユタカが無事に洞窟内から生還したため密かに喜んでいた。




