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焦土  作者: 織部 弘
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二話 終戦か戦争継続か

 二  会議決裂


 皇居に行った救援隊の情報は直ちに、松代大本営に送られた。

 当時の首相であった、阿南惟幾大将は到底容認せざる状況が起きたと思った。

 彼は、その日深夜に行われた会議の中で強く発言した。

 「かかる事態は古今未曾有である。先の、広島・長崎へ落とされた原爆の威力を、はるかに上回る原爆が帝都にも落とされたのである。救援隊の報告によると、東京は壊滅し、皇居も東京都民も灰燼に帰したという。これでは戦争継続は不可能ではないか」

 昭和二十年八月十五日に行われた、決起将校によるクーデターによって、首相の座に就いた阿南は今の今まで徹底抗戦を唱え続けてきた。しかし、帝都に原爆が落ちたとなっては首相たる以上、戦争終結を唱えないわけにはいかなかった。しかし彼の悲痛な面持ちを、真正面から直視し、さらにその意見に反対する者がいた。

 「首相は気弱になりすぎであると考えます。我が国は、今大変な国難の中にありますが、それに耐えきれず、皇室と国体の破壊をもくろむ米英に屈せば、すなわち日本は亡国となってしまうでしょう。

この凄惨たる状況を打開するにはひとえに戦争継続しかありません。

ここ松代大本営に原爆が落ちても、男子の半分が戦死してしまっても我らは闘うのです。日本民族を守り抜くために」

 そう発言したのは陸相の東条英機であった。

 二年前、サイパン陥落の責任を問われて首相の座から降り、中央から身を引いた彼であったが、クーデターの結果、陸相に返り咲いている。彼は政府の中でも特別熱心に戦争の断固継続を唱える一人であった。

 彼の発言で、場内の空気は一転した。阿南の発言は、政府高官らの降伏の決意を円滑に決定、阿南に恭順させるかにみえたが、東条の強硬な発言は彼らを硬化させた。当初の目的は何たるかを思い出させたのである。

 日本帝国は五年前、米国の石油輸出禁止を受けて開戦した。

 日本は、昭和に入ってからというもの度重なる不況、諸外国からの圧迫、国内の混乱、マスコミと国民、軍部の増長などの様々な困難が重なり、それらを抑えきれなくなった政府は中国大陸に活路を求め、積極的に広大なかの地へと入植する。それに反発したのは、同じく中国での権益を狙っていた欧米列強である。

 政府は、有色人種、ことにアジア人に対する欧米の差別意識を唾棄すべきものだと考えていたし、反対に英米に対する対抗意識を燃やしていた。事実、亜細亜諸国は、みな欧米の圧政下にあり、ことにインドと中国ではその度合いがすさまじかった。我が国もまたその植民地下におかれれば、日本民族は消滅する、という危機は政府高官のほぼ全体が持っていた。そのため、日本は亜細亜の解放と自存自衛のために開戦した、といった意識は政府高官の根底にあった普遍的なものである。しかし、彼らもまた中国や朝鮮を侵略する欧米式帝国主義を是としていたが。

 「海相の意見も参考にしたい」

 阿南は、大きな円卓の向こう側に端座している豊田副武大将の顔を見やった。彼はその金壺眼を大きく見開いて、あわでも食らったように口をもぐもぐと動かし始めた。

 「自分としては、これも陸相の意見に賛成です。いくら帝都を焼かれたとしても、戦い以外に道はありません。アメリカは非道の国、

ソ連は不道徳の国であります」

 これは、アメリカの無差別爆撃とソ連の昨年の突発侵攻のことをさしていた。アメリカは、原爆の投下も含めて、各都市のいたるところで無辜の民間人を頻りに殺傷している。その犠牲者たるや、すでに数百万人に達していた。ソ連は日本と不可侵条約を結んでいたのにもかかわらず、日本の劣勢を確信すると、突然条約を破って進行してきた。既に満州は制圧され、日本軍の必死の抵抗にもかかわらず、平壌は今年の二月に落ちた。北海道に対しても侵攻が開始され、同道の半分は占領されていて、年度内の東北上陸の危機は差し迫っていた。

 「私としましては」

 鈴木貫太郎内相が、堰を切ったように話し始めた。

 「陛下のお気持ちをお伝えしたいと思います。陛下は、東京に原子爆弾が落ち、同都が壊滅したことをいたくお嘆きでございます。

陛下は、私に戦争終結の早期なることを切に望むと涙にむせびながら仰せになられました。まことに畏れ多きの極みでございます。謹んで、戦争終結をなさるのがよろしいかと」

 鈴木は老齢の貫録を堪えた濁声で言った。

 多くの閣僚たちは、狼狽した。

 天皇の意思は明確に不戦であって、こうなってしまえば、国体護持の確証もないならば戦争継続もやむを得ないとの考えは全く通用しないのである。

 閣僚たちは一様に押し黙ってしまった。

 小半刻もの間、彼らは一言も言葉を発しなかった。

 そのうち、東条が会議の重たい空気を取り払うように、強い口調で述べた。

 「当初の目的を達成することが先決です。それは国体の護持の確証です。たとえ陛下の意思に反するとしても、国を案ずるならばこれは明確なことであります。宸襟を安んじ奉りて国を守らねばなりません」

 東条は、天皇の意見に全く反対したので、閣僚たちは驚きを隠せなかった。天皇という絶対的な権力を持たされた国家元首に対して、公的な場で明確に反対するということは、前代未聞であった。しかし、彼らの半数はほおを紅潮させた。彼の発言に勢いづいたのは、なかなか心中を明かせないでいる、消極的な戦争継続派だった。彼らはこれ幸いと東条の後に続いて、戦争継続の重要さを説き始めた。

 「小官も、陸相の意見と同じです。無抵抗の市民に対して無差別爆撃を行うような連合国に対し、降伏するなど到底あり得ません。

陛下はお優しい方でありますから、国民を慮って、そのようなことを言われたのでありましょう。国体護持の確証が得られるまでは断固戦争を継続するべきです」

 彼らは主にこのような主張を展開した。

 その後も会議は紛糾し、閣僚たちの意見は、終戦を主張するの阿南派と戦争継続を主張する東条派に真っ二つに分かれた。

 その後会議は数時間まで及んだが、結局、意見が一つにまとまることはなかった。

 


 


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