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ねえ。幽霊の記憶はどこにあるのかな?

「ねえ。幽霊の記憶はどこにあるのかな?」


 放課後。学校の図書室。

 僕は真向かいに座っている同級生の女子に唐突な質問をされた。

 そのとき僕は数学Iの問題集と格闘中だった。もう少しで解けそうだったのに、そんな質問をされたら頭がこんがらがってしまう。


「まず質問の意味が分からないな。記憶がどこにあるなんて表現はよく分からない」

「えっと、そうだね。たとえばこうして私たちは期末テストのために勉強してるよね」


 ひそひそ声で話し出す霊感少女。まあ図書室での会話はあまり良くないから、小声になるのは仕方がない。


「私は今、世界史の勉強をしてた。その成果は私の脳に刻まれている。つまり記憶しているんだよ」

「そうだな。その記憶がどうしたんだ?」


 僕も小声で相槌を打つ。


「そこである疑問が生まれるんだ。幽霊は当たり前だけど身体がない。身体がないってことは脳がないってわけで、脳がないってことは記憶ができないってことじゃない!」


 徐々に熱のこもった語り口になって、最後には普段より大声になってしまった。

 周りの生徒や図書委員はこちらを注視する。何か言いたげだったけど、大声を出しているのが霊感少女だと分かると、各々の勉強や読書もしくは作業に戻った。


 うーん、なんか腫れ物に触らないようにしている感じがする。元々友人が少なく、変人扱いされている霊感少女だけど、そこまで無視されていると最早イジメに近い。

 どうにかしてあげたいけど、こればかりはどうにもできない。


「ねえ、聞いてる? これって結構画期的なことだと思うけど」


 霊感少女は幽霊の話のときぐらいしか見せないドヤ顔をして僕を見つめている。

 そのドヤ顔にイラっとして、先ほどの感傷の気持ちはどこかに行ってしまった。

 だから反論をしてみる。


「でもさ。君は幽霊の声が聞こえるんだろう? それもちゃんとした言葉で」

「うん。そうだけど」

「脳がなかったら意味のある言葉を言えないじゃない」


 当たり前のことを当たり前に言うと霊感少女の笑顔が固まった。


「えとえと。それはね……」

「そもそも幽霊って記憶する必要があるのか? 死んでいるんだから覚えても仕方がないじゃん」


 霊感少女はそれを聞いて、しょんぼりした顔になってしまう。


「あーあ。結構斬新な考えだと思ったのになあ。でも、私たちは脳じゃなくて魂で記憶しているのかもしれないね」


 お、これは詩的な表現だなと思った。


「魂で記憶しているから、自分にとって良かったことや嫌なことは覚えていて、どうでもいいことは忘れてしまうんだね。トゥールポワティエの戦いの影響でメロヴィング家からカロリング家に王位が移ったとか言われても、今を生きる私たちには関係ないもん」


 それを言うなら勉強そのものが関係なくなる。役立つとしたら英語くらいだけど、英語圏以外だったら意味ないし。


「これはさっきパッと思いついた考えだから矛盾があるかもしれないけど、言っていいかな?」


 僕は黙って頷いた。


「幽霊は生前の記憶の集合体なのかもしれない。だから死に際の痛みを訴える幽霊も居れば、恨みを呪詛する幽霊も居る」


 霊感少女は毎日そんな悪意や悲しみを聞いているのか。


「だけど、そういうのって時間が経ったら薄れていくじゃない。ずっと痛みを訴えていても恨みを訴えていても、磨耗して消え去っていく。だから幽霊は居なくなるのかも」


 なるほど。パッと思いついた考えだとしてもそれなりに的を射ているかもしれない。


「なあ。悪霊とか怨霊とかって恨みが強いからいつまでも消えないのか? ていうか通常の幽霊よりも残り続けるのか?」


 僕のちょっとした疑問に霊感少女は「それはよく分からないよ」と答える。


「悪霊や怨霊が世間一般的にいつまでも残り続けるなんて言われているのは、あまりよくない風潮だって思う。だって、いつまでも恨み続けているなんて、結構疲れるじゃない」


 まあそのとおりだ。

 そこで霊感少女は何か思いついたように笑った。


「ああ、悪霊や怨霊は恨み続けると疲れるから、生身の人間は彼らに憑かれるのかもしれないね」


 それは笑えない冗談だった。

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