前編
メイドの歴史はとても古く伝統があります。近代メイド史では第二次世界大戦中、ドイツ宣伝省直轄の婦人補助兵部隊が組織され活躍した事が始まりだと記されています。
戦後、失業した女性達の受け皿である相互扶助団体として、すぐにメイド協会の原型が出来ました。
メイドが元兵士として教育されていた事もあり、東南アジアやアフリカの紛争地帯や内戦国に向かう要人に重宝されました。ですから今でもメイドは雇用主を守る盾としての役割も求められます。
現在、メイドと言えば世界メイド協会に登録された派遣メイドを指します。
ランク制で契約料金が変わるとはいえ、雇用主を守る戦闘技能と契約遵守の姿勢、家事手伝いとしての技能、そして容姿を兼ね揃えた彼女達は、各国要人の身近に必ず存在します。
そしてこの物語の舞台となる南大平洋に浮かぶ島国、ニューレシア王国を治めるローズマリー家にも宮廷侍女としてメイドが勤めていました。
ニューレシアは著名な探検家のジェームズ・クックにより発見され、イギリスの統治領となりました。その後、イギリス本国から見て僻地である為に、都合の悪い王侯貴族が病死扱いで流刑にされるなど利用されました。この時流刑にされた王族が現在のローズマリー王家を興しました。
幸いにして第二次世界大戦では、日米の激戦地となったソロモン海域から離れていた事もあり平穏無事に戦後を迎え、その後の植民地独立の動きの中でニューレシアも独立を果たしました。
植民地独立は民族自決なんて崇高な考えではありません。イギリスは経済的支配が出来ると考えたから独立させたのです。
ところがニューレシアの指導者は一枚上手でした。
当時の米ソ対立による冷戦構造を利用して東側陣営への接触を始めたのです!
東西両陣営から譲歩と援助をもぎ取った先王はしたたかでしたが、前月に亡くなり新たな国王が即位しました。
王の責務を背負わされたのは若干15歳の皇太子セシル。
容姿は別として基本能力が平均点であるセシルは即位後、外国からの要人にも会談する事もあり語学の修得など忙しい毎日を過ごしていました。
執務室には書類の束に向かい合うセシルの姿がありました。閣議で決まった法案などをセシルが承認してサインするだけでしたが、中味はしっかりと吟味しなければ王としての意味がありません。補佐官のチリチリさんから助言を受けつつ、学ばねばならない事も多いのです。
「この後、15時からアメリカ全権大使との会談が予定されております」
補佐官に告げられるとセシルは溜め息を吐きました。
「例によって中国に採掘権を与えるなと言う圧力だろうね」
現在のニューレシアを取り巻く情勢は、好ましい物ではありませんでした。
「父様やお祖父様の時代みたいに上手くはいかないよ」
太平洋安全保障条約に加盟していませんが、ニューレシア王国はオーストラリア、ニュージーランドと密接な協力関係にあります。ただし、ソ連とも仲良くやっていたのでアメリカからの受けはあまりよろしくありませんでした。
「オイルメジャーにとって我が国の海底油田は、喉から手が出るほど欲しい物ですからね」
「まあ、今更遅いよ」
ニューレシア王国領海に存在する海底資源。これを求める中国との共同採掘で、正午に協定を調印したばかりでした。両国政府が出資した合弁会社はニューレシアにも富をもたらすと考えられます。
セシルが缶ジュースに手を伸ばそうとした瞬間、執務室の扉が慌ただしく開けられました。
飛び込んできたのは黒いワンピースに白いエプロンとカチュ-シャ姿の女性。長い黒髪は動きの邪魔に成らないようまとめあげられています。
「セシル様!」
入ってきたのは王国唯一のメイドである山田彩華。セシルを幼い頃から世話をしてる高級メイドです。普段、変化を見せない表情に焦りが浮かんで見えました。
「珍しいな。彩華がそんなに慌てるなんて」
陛下と言う敬称を忘れるほどとは珍しいこともあると思いました。彩華は少々の事で慌てる様なメイドではありません。地獄でも顔色を変えず、午後のお茶を用意すると言われる高級メイドなのですから。
「私が慌てる? 目が腐ってやがるのでしょうか」
すっと表情が消えて彩華から辛辣な言葉を浴びせられました。
「うん、いつもの彩華だね」
国王になっても毒を吐いてくる彩華にセシルは苦笑を浮かべました。王は孤独と言いますが、やはり気心の知れた相手は落ち着きます。
「で、どうしたの?」
王としての威厳を感じさせない気楽な口調でセシルは用件を尋ねました。
補佐官も二人の関係が姉弟の様な物である事から、特に口調を咎めたりはしませんでした。
「アメリカが宣戦布告してきました」
「はい?」
アメリカの身勝手な国際戦略──対中戦略の観点からニューレシア王国を民主化の名目で攻めてきたのでした。まともな軍事力を持たないニューレシアに、空母打撃群と海兵遠征打撃群を投入してきました。中国に対する示威もこめた過剰なまでの戦力投入です。
「水上警察からつい先程、『アムチャン』が公海上で沈められたと報告も入っています」
淡々と告げる彩華に対して、セシルと隣で聴く補佐官の顔から血の気が引いていきます。
「アムチャン」はオーストラリアから導入した排水量5,500tの最新鋭巡視船でした。
習熟訓練を兼ねて排他的経済水域のパトロールに当たっていた所、レーダーに国籍不明艦隊が領海に迫っているのを発見しました。ですがアメリカ軍も黙ってはいません。ハープーン対艦ミサイルを腐るほど浴びせられました。オーバーキルと言うやつです。
「本部に報告した直後、連絡が途絶えたとの事で、乗員の生存は望み薄いでしょう」
「安くない巡視船を購入したばかりなのに残念ですな」
真面目な顔で相槌を打つ補佐官の言葉にセシルは思わず反応してしまう。
「いやいや、そこじゃないでしょう!」
国防に関する重要な情報を彩華は知り得たのは何故か。たかがお金で雇われたメイドと侮る事無かれ。セシルの信認も厚く、王の側近中の側近と呼ばれる彩華だからです。
「それで何とかできるのかな?」
ニューレシア王国の軍事組織は親衛隊と警察しか存在しません。
「アメリカ相手ですよ、初めから勝負になりません。予備役も動員令が出されましたが、間に合わないでしょう」
水上警察の艦艇に領海を守るような対艦装備はありません。精々、密漁船や密輸を取り締まる為の機関砲レベルです。防空能力も低く、保有する航空機はヘリコプター数機と軽飛行機。アメリカ軍との戦力差は圧倒的で、抵抗は無駄でした。
「何てことだ……」
セシルが理不尽さに呻いている頃、空母「ウーパールーパー」航空団の戦闘攻撃飛行隊に所属するF/A-18Eスーパーホーネットが母艦から飛び立ち、ニューレシア王国の抵抗戦力である親衛隊と警察の施設に空爆を開始しました。
地響きと共に爆発音が宮殿にも聞こえて来ます。
「アメリカ人め。会談を申し込んでおきながら何て卑怯な」
補佐官が怒りの声をあげるました。セシルも国民に対し非常事態宣言と避難勧告を出しましたが、10平方キロメートルの小さい島で隠れる場所はありません。国民は大規模災害での避難場所に指定されていたクロムウェル総合学校やポチョムキン広場に向かいます。
◆
普段なら観光客が海水浴を楽しむワイワイキッキ海岸に、空爆に紛れてSEALsティーム1が橋頭堡を確保しました。UDTの系譜に列なるSEALsは、イラクやアフガニスタンでも活躍した物凄い特殊部隊です。避難の為、移動していた一般人を一纏めに拘束しました。
「我々はアメリカ軍です。皆さんを解放に来ました、戦闘が終わるまで指示に従ってください」
悪い事をしたらネットですぐに拡散されるこのご時世、敵対行動をとらない限り無闇に暴力を振るう兵士はいません。
上空を舞うのは海兵隊のAH-1Zヴァイパー攻撃ヘリコプターです。航空優勢で安全確保された橋頭堡に、海兵隊も上陸を開始しました。LCUとLCACが次々と接岸し兵士や車輛を吐き出して行きます。
沖に浮かぶ輸送艦「エリザベス・タン」では陸軍の特殊部隊が出発前の打ち合わせを行って居ました。
「SEALsは仕事を終えた。今度は俺達の出番だ。海兵隊は正面から牽制の攻撃を実施している。俺達は王宮にオスプレイで降下、国王の身柄を拘束する」
今回投入されたのは第1特殊部隊グループ第1大隊に所属するアーカム大尉が指揮する2個Aティームで、中東にも派遣された部隊です。自爆テロやIEDの心配がない小さな島なら、訓練よりも簡単だとリラックスしていました。
今回の侵攻作戦は、王政からの解放と民主化を目的としてると上から言われていましたが、中国に対する資源戦略です。軍拡を行う中国は国内の資源だけでは足りず、海外にも入手先を求めていました。それはとても許せない事でした。
「独裁者をぶっ倒す。最高の任務じゃないか」
抑圧からの解放がグリーンベレーのモットーで、上部だけを信じるなら侵略者では無くて正義の味方です。
「王宮から美女を助けてやるぜ」
「お前のゴリラ面を見たら逃げ出すに決まってるさ」
ハーレムがあると勘違いした部下の気負わない会話に頬を緩めていたアーカムは時計を見て指示を出しました。
「よし、時間だ。乗り込め」
搭乗する隊員たちを収納するとV-22オスプレイは甲板から離陸していきます。
王宮の地下には、米ソの冷戦時代に作られたシェルターがあります。ですが、予算の都合上、指揮機能まではありませんでした。
いつか何処かの国に攻められるかもしれない。ですが、そのいつかの為に国民から集めた税金を使うのは考えられませんでした。先王は、諸外国から無償融資を受ける事でインフラ整備など様々な政策を行いました。セシルにとっても国防は二の次でした。
「あ、彩華。どうしたら良いかな?」
爆音に怯えながらメイドに問う王の姿は権威も何もありません。
「しっかりしてください陛下」
「そんな事言っても、ねぇ?」
補佐官に助けを求めて視線を向けるが、関係機関と連絡調整中でした。
「陛下は無事だ。指揮所は警察署に開設……うん、それは任せる。え、武器が足りない? 警察の押収品もあるだろう。非常時だ、必要と思う行動はすべてとれ」
一際激しい爆発音が宮殿の近くで起きました。
「もしもしもしもし?」
どこかで電話線が切れたのでしょう。通話が途切れました。
補佐官が首を振りながら提案しました
「王宮にまで攻撃が始まった様です。シェルターに避難した方が良いですね」
「そうだね」
執務室からシェルターに向かおうとした時、宮殿に急降下してきたオスプレイの姿が窓から見えました。
飛び出した米兵によって警備の親衛隊が倒されるまで時間はかかりませんでした。
銃声を聴いて彩華は動きました。
「え?」
セシルを抱き締めて壁側にジャンプした瞬間、窓をぶち破って兵士が飛び込んできました。
──M4カービン。銃を見て彩華は目を細めます。
「動くなよ」
侵入した兵士がセシルたちに銃口を向けました。微塵も揺れない銃口に、逆らえば殺すと言う意思が感じられます。
彩華は形の良い眉を寄せて囁きました。
「補佐官さん、陛下をお願いしますね」
「オロハネ21、卵を確保──」
銃口を向け警戒しながら兵士はインカムで連絡を撮り始めました。通話に意識が向いた隙をついて彩華は兵士に飛びかかりました。
「ぐえっ」
無防備な首筋に突き刺した鉛筆は致命傷となりました。もがく敵から銃を奪い彩華は射殺しました。高級なカーペットに鮮血がぶちまけられました。洗濯が大変です。
「染み抜きは無駄ですね。後で買い換えないと」
そう言いながら死体を彩華が調べようとした時、廊下から銃声が聞こえて来た。
「陛下、敵が迫っております!」
親衛隊の士官が扉を開けて報告しますが、執務室に転がる死体に気付いて顔色を変えます。
「報告が遅いですね。ここに侵入されています」
彩華は親衛隊士官を睨む。
「申し訳ありません」
扉越しに銃声と悲鳴が聞こえました。のんびりと話してる時間は無いようです。
「私が行きましょう」
「彩華?」
M4を補佐官に渡す。
「補佐官さん、少しの間陛下をお願いしますね」
見に纏う空気は獲物を前にした狩人の物でした。
扉を後ろ手に閉める彩華。目の前には武装した兵士達がいました。
「メイド?」
メイドの登場に戸惑いの声が上がります。
「ここから先は行かせません」
兵士達が彩華の言葉を理解するまで若干の時間がかかりました。
「ははは。俺達を誰だかわかっているのか」
アーカムは彩華の言葉に笑いました。メイドに何ができると油断したのも無理はありません。ですが彩華はただのメイドさんではありません。
「わかってますよ。USSOCOMですね」
彩華の言葉にざわめきが起きました。
「──ですが、同時に王宮に侵入した賊だと言うこともわかってますよ。白豚さん」
白豚呼ばわりされ兵士達から彩華に殺気が放たれましたが、彩華は平然としています。
「糞メイド。今すぐ膝まずいて許しを乞うなら、帰るまでの●●●で勘弁してやる」
メイド服に隠された彩華の体に下卑た視線を向けながら、部下の間で笑い声が起きました。しかし彩華は冷たい視線のまま答えました。
「黙れ豚。お前の粗末な●●●●●で私を満足させれると思うのもおこがましい。20代以上の童貞に生きる価値は無い。家に帰ってネットで抜け、です」
●●と真実を突かれアーカムは冷静さを失いました。特殊部隊指揮官としては褒められません。
「くっ……減らず口もそこまでだ。ベッドで喘がせてやろうと思ったが、この場で犯してやる」
「抱かれる気はありません。人語を語らず卑しい口を今すぐ閉じて下さい、耳が腐ります」
兵士が二人、左右から彩華に掴みかかりました。四の五の言わずに射殺すれば良かったのですが、それは失敗です。彩華は袖の下からナイフを取りだし迫る兵士の鼻を切り落としました。
「うわああ」
顔を押さえ悲鳴をあげる兵士の頭を掴むと、すかさず膝蹴りで顔面に追撃をかけました。
自分の流す血で窒息しかけて呻く兵士から使えそうな物を素早く剥ぎ取る彩華に周りは唖然としました。
──何だこの女は。それが共通した感想でした。
彩華が奪ったのはH&KMP5SD6。9mmパラべラム弾は海兵隊のM16A4に火力で劣りますが、人を殺すと言う意味で違いはありません。
「う、射て!」
はっとして射殺の指示を出しますが時間を無駄にしています。敵が銃口を向けるまで彩華は待っていませんでした。先手必勝とMP5で前に居た兵士を三途の川に送り込んで行きます。連射しているのに一発一撃で額を撃ち抜いていく異常な状況でした。
「この化け物め!」
「失礼ですねアメリカ人は。これはお仕置きが必要ですね」
メイドにグリーンベレーの隊員が赤子の手を捻る様に倒されていきました。弾が無くなれば肉弾戦です。腕を折り、顎を砕き、首をへし折り、倒した相手から銃を奪い縦横無尽の奮戦です。
「撤退、撤退だ!」
「逃げれると思ってるのですか? だからアメリカ人はアホで強引で嫌いなんです」
彩華の口許には酷薄な笑みが浮かんでいました。
次で終わり、後編に続く。