第1001話 壊れ始めた日常
“1”
ガバッ!!
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「どうかしたの?」
アシッグの声が聞こえてくる。
携帯電話を繋げたまま、寝てたのか?
「ブリッツとシミターが……」
恐ろしい物を見た。
この世が崩壊するような、そんなレベルの恐ろしい物を……
「ブリッツとシミターが……死んだ……」
何故、今まで寝ていられたのだろう。
ゴミ山の頂上で、お互いを殺した2人の姿を見たのに……
まるで、何事もなかったかのように寝ていた自分が信じられない。
「まさか。そんなことなら、もうニュースになっていても不思議はないのに……」
「夕方だったから、まだ警察に見つかっていないだけじゃないか?」
「いや、夕方だったらゴミ収集車が出入りするはずだよ。絶対誰かが気付く」
「じゃあ、マスコミが情報を入手してないだけか?」
「僕が何をしているか、君は知っているよね?」
アシッグの作業……
そうか、アシッグだったらマスコミよりも早く情報を得られるはずだ。
なにせ、あいつの作業は……
「僕が知らないということは、警察とかの組織は2人が死んだ事実を知らないんだよ」
アシッグの方が正しいのか?
いや、あの時の恐怖を俺は覚えている。
「俺の頭の良さを忘れたか? 学校で“化け物”と呼ばれているくらいだ」
あまり自分の頭の良さを自慢するのは、好きじゃない。
だが、アシッグの発言に対抗するにはこれしかなかった。
「忘れてないよ。だけど、2人が死んだという情報はない。それだけは言っておくよ」
アシッグはそう言って、電話を切ってしまった。
きつく言い過ぎたか?
3時15分ちょっと過ぎ、いや結構過ぎているな。
もう少し寝よう。
「お、今日はちゃんと来たな!」
ラウンドが俺の方を見ながら大声で言った。
え?
今日は?
「待て待て。『今日は』って何だ」
俺の反応にラウンドはキョトンとする。
「昨日、遅刻しただろ?」
昨日?
遅刻したのは、随分前だが……
「まあ、遅刻はともかく、ずる休みはよくしてたけどな」
バルドスがからかってきた。
「しかたないだろ……。家庭科で持っていく物分からなかったんだから……」
あれ?
このくだり、前にもやらなかったか?
「やーい、ずる休み~」
「何をー」
バルドスが煽ってきたので、俺はそれに乗った。
「やめんか!」
バレットが俺とバルドスの間に入ってきた。
「何だよ。冗談だって」
「お前らだと何が起きるか分からないからな」
バルドスは笑っているが、バレットは真剣だ。
「ギサルム、大丈夫か?」
深刻な顔をして、バレットが近づいてきた。
俺は頷いて、肯定の意を示した。
「兄さん、かっこいいー」
レフシィがバレットを褒めている。
「ん……うーむ、照れるなぁ~」
やはり、この光景……
1回は見ている……
「ギサルム、おはよう……」
「おはよう、ギサルム」
ブリッツとシミターも来た。
え?
「ブリッツ!! シミター!! お前ら、死んだんじゃないのか!?」
一瞬にして、辺りの雰囲気が悪くなる。
「ギサルム、お前何言ってるんだ?」
「ひょっとして、疲れているんじゃないか?」
「まさか、お前がブリッツとシミターにそんなことを言うとは……」
「ギサルム先輩、いくらなんでも酷いです」
周りの批判を受けた。
やはり、アシッグの言うとおりだったのだろうか?
いや……
だったら、今も鮮明に思い出せるあの光景は何だったんだ?
思い出すだけで、自分の無力さ、親しい人の死という恐怖が湧きあがるあの光景が幻だったとは、とても思えない。
「グス……ギサルム、酷いよ……」
「そんなこと……ヒゥ……思っていたんだ……」
2人が泣き出しかけた。
しかたがない前言撤回だ。
「すまん!! 2人が死ぬ夢を見たんだ! あまりにもリアルで本当の事だと思ってしまった!! すまん!!」
自分の頭脳をフル回転させて、本当っぽい嘘をついた。
「夢? ギサルム、そんなに私たちが死んでほしいの?」
シミターが俺に涙目で訊いてきた。
そう捉えるか……
「あのな。夢ってのは、本人が叶ってほしいと思っている事か、本人が叶ってほしくないと思っている事が、寝ている間に見える物なんだ。“化け物”と呼ばれている俺に、小さい頃からずっと一緒にいてくれるのは、お前たちだけだ。そんな人のことを死んでほしいなんて思えるか!!」
これは俺の本心。
あまり口にはしたくなかったが、2人を泣かせかけた手前、俺の本心を言わなければ、2人は信じてくれないだろう。
もし、あのまま泣かせたままにしたら……死が……
「本当に……そう思っているの?」
「ああ。今、嘘を言ってどうする」
ブリッツの質問に、俺は笑顔で答えた。
後は、ランスとブライトとレアンとファングとクリスとカレンだ。
あれ?
ラウンドがいるのにその弟たちがいないとはどういうことだ?
「ラウンド。お前の弟たちはどうした?」
「あれ?」
お前も知らないのか……。
と思っていたところに、レアンが何故か走ってきた。
「やあ、レアン」
「あ、ギサルムさん、おはようございます。あの、ちょっと手伝ってくれませんか?」
「何を?」
「えーとですね。ランス兄さんが女子から告白されて、それを見たブライト兄さんは暴れだそうとするし、ファングは世界の終わりだとうわ言のように繰り返しているのを、僕とクリスさんとカレンさんで解決しようとしたのですけれど、無理でした……ので助けて下さい」
あー、ランス死んでほしい……
「何だと……ランスが告白された……だと?」
ラウンドが物凄い形相でこちらに向かってきた。
ラウンドもそこそこモテているとは言え、ランスには遠く及ばない。
「ムッコロす」
ヒュッ、ドーーーーーーーーーン!
人間とは思えないスピードで、レアンが来た方向に向かって行った。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
直後、断末魔が聞こえてきた。
さらば、ランス。
いい奴だった。
「うおおおおおおおおお!! 兄貴、落ち着け!!」
「兄さん! 落ち着いて!」
ブライトとファングの絶叫が聞こえてきた。
お前ら、絶望に打ちひしがれていたんじゃないのか?
「ランス、大丈夫なのかな……?」
ブリッツが俺に訊いてきた。
「大丈夫じゃないだろ……ちょっと行ってみるか」
とりあえず、ランスの無残な姿を見に行った。
辿り着いてみると、野獣と化したラウンドがランスに襲い掛かっていた。
予想通り酷い有様だった。
「ラウンド落ち着いて!」
「そうだよ! ラウンドが好きな人だって……いるはず……だもん……」
クリスとカレンは、オロオロしている。
「……。バレットとバルドスを呼ぼう。このままじゃ登校できない」
俺は携帯電話を取り出し、おそらく待ちぼうけ状態であるバレットとバルドスを呼びだした。
この後、ラウンドはバレットとバルドスの力業によって沈黙した。
ブリッツとシミターは生きていた。
もしかして、本当に夢だったんじゃないだろうか?
だが、この流れ……
やはり、1回は同じことをやっている気がする。
放課後。
いつもならラウンドたちがいるのだが……
「あれ? 今日はお前たちだけか……」
「うん……。ラウンドたちは用事があるから、帰れないって……」
「今日は、私たちだけで帰ろう?」
下校時の集合場所にいたのは、ブリッツとシミターだけだった。
またか。
最近、既視感しか感じない。
「そうだな……」
俺たちは歩き出した。
「久々だな。お前たちと一緒に帰るのも」
「そうだね……」
「ギサルム。何か面白い話してよ」
「面白い話なぁ……」
だが、何分か歩いたところで不穏な気配を感じた。
――わぁ、あの2人。ギサルムと一緒に歩いてる……
――何であんなキモい奴と一緒にいられるんだろうね?
後ろから女子の集団が近づいてきた。
「ギサルム……」
「無視しろ。何を言われても知らん顔するんだ」
ブリッツが不安そうな顔をこちらに向けてきた。
まさか……
また、女子の集団がシミターを連れ去る気じゃ……
俺はいつからか虐めに適応してしまったが、ブリッツとシミターは適応できてない。
――ねぇねぇ。シミターだけでも助けようよ
――あ、それいいね
ダッダッダッダッダッ!!
後ろから走り出す音が聴こえた。
その音がどんどん近づいてくる……。
やはり……
この光景も覚えがある。
「あっ!?」
シミターが、後ろから追い抜いて行く女子連中に引っ張られバランスを崩した。
いや、それは女子ではなかった。
人間ですらなかった。
それは、等身大の球体関節人形だった。
球体関節人形に引っ張られたシミターはぎこちなく走った後に転んだ。
「おい。シミターに何をするんだ?」
俺は球体関節人形を睨みながら言った。
球体関節人形全てが、ギロリとこちらを見る。
人間ならば顔があるはずの部分に、物を掴むことにやっと慣れた子供が書いたような顔が描かれていた。
その顔は、全て同じだった。
「何するんだだって」
「まじ受けるわ~」
球体関節人形は互いに笑い合っている。
女子の声で……
「あたしたちは、嫌々あんたらと一緒にいるシミターを離してやったんだよ!」
球体関節人形の1体が俺に向かって怒鳴る。
「そんなことは……ない。シミターは友達だから……」
珍しくブリッツが言い返す。
だが、ブリッツのその発言は、人形に対してというよりもシミターを連れ去った女子に対して向けられていた。
ただ、女子に言い返しているというそんな雰囲気だった。
「あのね……あたしたちとこいつはあんたらより仲がいいの。ね? シミターァ?」
「…………」
球体関節人形の1体はシミターに都合の良い答えを求めるが、シミターは泣いたまんまだ。
「ね? あたしたち仲がいいよね?」
「…………」
「仲がいいでしょう? 私たち?」
「…………」
「仲いいよね?」
――ちゃんと答えないとどういうことになるか分かっているよね?
球体関節人形の1体が小声でシミターにそう言ったのが、かすかに聞こえた。
「ひっ……仲、いい……です……」
シミターが小さな声で言った。
「えぇ~? よく聞こえないなぁぁ?」
球体関節人形の1体がわざとらしく訊き返す。
「ギサルム……たちよりぃ! 仲がいいっです!」
今度は大きな声で言った。
「よく言えたね~シミター。さあ、一緒に帰ろう!」
球体関節人形の1体はシミターの肩に手を回すと、フラフラなシミターを強引に歩かせた。
「そんな……シミター……」
ブリッツは驚きの表情で茫然と立っている。
涙目のシミターがこちらに振り返る。
その目は「助けて」と言いたげだった。
だが、
「シミター。気にしなくていいの。あいつら、ただのゴミだから」
その声と共にシミターは球体関節人形の海の中に呑まれ見えなくなってしまった。
何だ、今のは?
俺は、本当におかしくなってしまったのか!?
できることなら、夢であってほしい。
正真正銘の化け物にシミターが連れ去られるという事実を無かったことにしてほしい。
何なんだ全く……
ブリッツとシミターが死んだはずなのに、何事もなく現れたり……
女子の声で喋る等身大の球体関節人形が、さも当然のように存在したり……
いったい、俺の日常は、どうなってしまったんだ。




