第110話 身に覚えのない悲しみ
ガバッ!!
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「どうかしたの?」
アシッグの声が聞こえてくる。
携帯電話を繋げたまま、寝てたのか?
「いや……何でも……」
何を見たのかは覚えていないが、恐ろしい物を見た気がする。
「何か、怖い思いをしたみたいだけど、大丈夫?」
アシッグが訊いてくる。
確かに怖い物を見た感覚はあるが、何だったのかを覚えていない。
「ああ……よく覚えていないが」
「そうか。なら良かった」
本当に身近に迫った恐怖……だったと思う。
「トラウマで眠れなくなったら、大変だからね。確認して良かった」
アシッグの言うとおりだ。
まだ、3時15分か。
寝よう。
“1”
「ふぅ……」
リュックサックを机に下ろし、ため息をついた。
「宿題があったな……」
リュックサックから、ファイルを取り出しその中からプリントを取り出した。
まあ、今日の朝やった奴なんだが。
「よっ! ギサルム!」
ラウンドがやってきた。
ダッダッダッダッダッ……!!
続いて、廊下から走る音が聞こえてきた。
「ギサルム!!」
走ってきたのは、バルドス。
2人は並び、口を揃えてこう言った。
「宿題、見せてくれ!」
やっぱり。
「待て。俺が先だぞ!」
「いーや、俺が先だ!」
「そもそも、お前は自分のクラスの人に頼めばいいだろ!」
「恥ずかしいだろ! 俺、王子だし……!」
「それだったら、何処のクラス行っても変わらないだろ!」
「ギサルムの宿題は、アテになるんだよ!」
「あー、うん。そうだな……」
2人が喧嘩を始めた。
このままだと、エスカレートはしないだろうが、終わりが見えない。
「2人で見ればいいだろ」
冷静にツッコんで、宿題を渡した。
「うおー!」
「やったー!」
2人はまるで子供のように喜び、宿題の書き写しを始めた。
1分もしないうちに……
「できたー!」
早っ!?
「ありがとな、ギサルム。おかげで助かった」
バルドスが俺に宿題を返しながら言った。
「じゃあなー」
そして、自分の教室に走って帰っていった。
それと入れ違いに先生が入ってきた。
「気を付け! 礼!」
バレットが号令をして、着席した。
「今日はまず宿題を回収しまーす。全員、自分で出してねー」
先生の声を合図にクラスの全員がプリントを持って、教卓に向かった。
教卓の上に積み重ねられた宿題の上に俺の宿題も置き、そのまま机に戻ろうとした。
「ギサルム。宿題どうだった?」
いつの間にか、俺の横にいたブリッツが訊いてきた。
途端に涙腺が緩む。
なんでだ?
なんで俺は、ブリッツに会えたことが奇跡みたいに思っているんだ?
「どうした? 急に」
「いや、別に……」
「そうか。まあ、楽だった」
俺は、自分で感じたそのままの感想で返した。
「そう……」
ブリッツは、特に何かを返すわけでもなく机の方に行ってしまった。
不思議に思ったが、無駄な詮索はしないことにした。
「気を付け! 礼!」
「ごちそうさまでしたー!」
給食を食べ終えると、ブリッツがそそくさと教室から出ていった。
何があったんだ?
阻止しなければ……
何を阻止すればいいのかは分からなかったが、そんな風に思った。
俺は、一通り片づけた後、ブリッツを探しに行った。
ブリッツの行きそうなところは、ある程度予想がついている。
そのうちの一つは職員室近くの手洗い場。
他の人間があまり来ないから落ち着く。
俺もよく利用している。
ガチャ
この学校のトイレには入口に扉があるので、開けると目立つ。
そして、そこには先客がいた。
「ギサルム先輩!?」
その先客とは、レフシィだった。
手洗い中だ。
「レフシィ、どうしてここにいるんだ?」
「職員室に用があって来てたんです。それに、その台詞のこっちの台詞です」
「ああ、そうだった。ブリッツを見てないか?」
「ブリッツ先輩? 見てませんけど」
「そうか。ありがとう」
俺はお礼をして、次の候補の場所に向かった。
レフシィの頭に?マークを作った気がするが、まあいいだろう。
次の候補は小学校と中学校を結ぶ建物にある手洗い場。
ここも他の人間が来ないから落ち着く。
俺もよく利用している。
さて、ここにいるのかどうか……
ドンッ!
「うわっ!」
俺は誰かとぶつかった。
しかも、女子のようだ。
「す、すまん!」
俺は、とりあえずその女子に謝った。
「ギサルム……?」
あれ?
俺の名前を知っている?
「クリスか?」
「そうだけどどうしたの? 何か慌てているみたいだったけど」
「ああ。ブリッツを見なかったか?」
「見てないけど」
「そうか。すまんな!」
もう一度、謝った。
「いいっていいって。じゃあね。カレンに用事があるから」
クリスはそう言って小学校の方に向かった。
一応、トイレの中も行ってみるか……
ガチャ
「ん!?」
また、先客がいた。
扉を開けた時、正面衝突しかけたが、ギリギリセーフ。
今度は誰だ?
「何だ。ギサルムか」
「ランスか。何でここにいるんだ?」
「それは勿論、ここは落ち着くからね」
ランスは自分の髪をサラァッと弄る。
腹が立つなー。
「ところで、ブリッツを見たか?」
「ブリッツ? 見てないなぁー」
「そうか」
俺は最後の候補に向かった。
最後の候補とは、図書室である。
静かに過ごせるだけではなく、本を読んでいれば、退屈な昼休みの時間を潰せるからだ。
俺もよく利用している。
ガラガラガラガラ……
いるかな?
ここにいなければ、もうお手上げだ。
さて……
ガラガラガラガラ……
――ブリッツ、いるか?
――ああ。間違いないここにいる……
数人の男子が俺の後から入ってきた。
そいつらは、俺たちをよく攻撃してくる奴らだ。
タチが悪いのは、そいつらが自分の行っていることを正しいと思っていること。
先生に叱られるのは、とうの昔に慣れているし、クラスではそいつらが主導権を握っているため、誰も手出しできない。
――お、いたいた。
――本を読んでやがるな
小さな声で話している内容からするに、ブリッツは奥にいるようだ。
「なあ、ブリッツ」
数人の男子のリーダー格の男は、ブリッツに話しかけている。
おそらく、『自分は友好的ですよ』とアピールしている顔で。
「な、何……」
「お前、今日の宿題、親にやってもらっただろ?」
怯えているブリッツの声が聞こえてくる。
「じ、自分で……やったよ……」
「はぁ? 本当のこと言えよ」
「そうだぞぉー。本当のことを言いな」
「だから、自分で……」
「あ?」
「嘘ついちゃいけないんですよ~」
「そんなことも分からないのかな?」
どんどん男子たちは、ブリッツに寄って行く。
しかたがない。
俺は、勢いよく飛び出し、
「お前らぁぁぁぁぁぁ!!」
リーダー格の男を突き飛ばした。
ドンッ!
鈍い音と共にリーダー格の男は本棚に激突した。
「てめぇ……」
だが、飛ばし方が甘かったようで、リーダー格の男は無傷だ。
「あれれぇ~? 暴力なんてするんだ。成績優秀者が」
「しかたないですよ~。だって、あいつ“化け物”だし」
「社会のルールってのが分からないのかな?」
次の瞬間、残りの男たちが俺に襲い掛かってきた。
ドタン! バタン! ドン! ダン! ガス!
殴られ、蹴られ、叩き落され、踏みつけられた。
やっている奴らの顔は笑顔だ。
自分たちのルールに従わない者を刑に処しているという顔だ。
「くっ! ガハッ!」
何とか逃れようとするが、多人数相手ではどうしようもない。
視界にブリッツが見えた。
怯えきっている顔をしている。
俺が見ていることに気付いたブリッツは、辺りをキョロキョロした後、読んでいた本を手に取った。
そして、本を本棚に戻し逃げていった。
正しい判断だ。
ガス! ガス! ガス! ガン!
尚も、俺は踏まれ、蹴られている。
「先生、こっちです」
しばらくすると、知らない女子の声が聞こえた。
「お前ら、何やっているんだ!!」
先生は怒鳴り声を発して、向かってきた。
「何って、人ぶっ飛ばした奴を懲らしめているんですよ」
「とにかく、やめなさい!」
先生の怒鳴り声がまた響く。
「は……はい」
暴力が収まった。
「大丈夫か?」
「はい……」
先生の声に返事をした。
「ちぇっ……こいつが、俺らの友達をぶっ飛ばしたってのに……」
男の1人がぼそっと言った。
「何!? それは本当か?」
先生が俺に訊いてきた。
「はい……」
俺が答えるとともに、先生は溜め息をつく。
――何で、面倒臭いことをするんだ。
先生の怒りの視線が俺に向けられる。
「とにかく、お前ら絶対に暴力をするんじゃないぞ! いいな!」
そう言って、先生たちは俺たちを図書室から強制的に出した。
――ちぇっ。せっかく楽しかったのに……
――もう昼休みも終わっちまう。帰ろうぜ
男子たちは各々の教室に戻って行った。
さて、俺も教室に戻るか。
もしかしたら、事情を知ったラウンド、バレット、シミターに心配するかもしれない。
今日の帰りは大変だろうな。
まあ、何にせよ……
ブリッツが無事なのであれば、それでいい。
また、無性に涙が出た。
良かった、ブリッツが生きてる……




