scar/trace
白い糸が張り巡らされた廃病院に〝それ〟は巣食う。
灯りのないタイル張りの廊下。
秒針に合わせて、まるで遊んでいるかのように這いずり回る。
私は噛み千切られた肩から血を流し、脚を引き摺って〝それ〟から逃げている。
身体に回る毒素。神経からじわりと侵されてゆく感覚。
糜爛する皮膚が布に貼り付く。先の見えぬ不安に足が竦んだ。
散乱した空瓶、針のない注射器。蟲に喰われたベッドは見るも無惨な姿だ。そしてそこに這う二つの眼光は──。
朦朧とする意識の中で、私は考えていた。
此処は、何処だ──?
知らぬ間に迷い込んだ廃病院で、得体の知れぬ蜘蛛に噛まれ出口を見つけようと••••。
暴力的な朝日に、私は目を開いた。
白いコードが張り巡らされ、灯りの消された病室。ダニだらけのベッドで身を倒す私──。
嗚呼、また怖い夢を見たようだ。
秒針に合わせて動く看護師。注射器で瓶から液を吸い上げ肩に刺せば、彼女たちの仕事は終わりだ。僅かに出血したそこを消毒し、去ってゆく。
私は彼女たちを呼び止める為、長年降りることのなかったベッドから転げ落ちる。しかし運動を忘れた足は、思うように動いてはくれなかった。
タイル張りの床に腹を付ける。訪問者の無い床は、酷く冷たかった。
僅かに残った腕の力で、廊下に続く扉を目指す。
そう。あの廃病院をゆっくりと這う、大きな〝それ〟のように──。