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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異世界タクシー

作者: 阿波座泡介

「気味が悪いぜ」

 頬に傷の衛兵の一人が呟いて、懐から銅の懐中水筒を取り出した。

「おい、酒は」

 小声で咎める同僚である片目の衛兵に。

「お前は……寒くねえのかよ……まだ、実り月(九月)だってのによ。なんなんだ、この寒さは」

 残暑で暑い都の中で、ここだけが異様に寒いのだ。

 衛兵は懐中水筒の液体を飲み込んだ。

「ふう……人心地ついたぜ」

 その様子を見ていた片目衛兵も白い息を吐きながら言った。

「俺にもくれ。寒くてかなわん」



 酒を回し飲みしている二人は、自分達が警護している鉄の帯金と樫の厚板で囲まれ鉛で固められた巨大な櫃を見下ろした。


 昔は奴隷同士を戦わせて娯楽としていた時代の遺跡である闘技場アリーナ跡に、その櫃はある。


 大きな、各辺が四尋もあるような正六面体の櫃の周囲には、正教会の僧侶が八人に魔法ギルドの封印術士が八人で囲い、その外を衛兵が二〇人で守っている。

 僧侶は一心に聖経を唱え、封印術士は櫃を囲む巨大な魔方陣に念を注いでいる。

 彼らは、共同して櫃の中のモノを封じようとしているのだった。


「まったく、犬猿の正教会と魔法ギルドが仲良く並んでるなんて、ここ以外じゃあ見られやしねえ」

 酒気が入った為か片目衛兵の口は軽い。

「敵の敵は、味方って言うだろう」

 頬傷衛兵が、また酒を飲む。

「正教会と魔法ギルドに王国の敵か」

 頬傷衛兵がもう一口酒を飲もうとしたが、小さく舌打ちをした。どうやら、酒が無くなったようだ。


 その時、大聖堂の鐘の音が響く。

「おい……この鐘は……」

 片目が呟く。

「ああ、魔女クアドラティスが処刑される時告げの鐘だ……守りたまえ、守りたまえ」

 頬傷が短く聖句を唱えた。


 ドザリと重い物が倒れる音がした。

 片目が振り返ると、櫃の周りで経を唱えていた僧侶が次々に倒れだした。


「ひっ……ひぎいぃぃ!」

 悲鳴に驚いた頬傷が振り向くと、封印術士が血を吐きながら苦しんでいる。


「おい、おい……こいつは……」

「まさか……そんな、まさか?」


 全ての邪悪を封じるはずの櫃が震えだした。


 ドウ……ドウ……ドウ……


 地を震わせる死せる獣の吼え声が、櫃の中から響いてくる。


 鉄帯が軋み弾ける。

 樫板が見る見ると朽ち果ててゆく。

 赤黒く溶けた鉛が流れ出す。


 砕かれた櫃の暗黒から、二筋の穢れた青白い光が放たれた。


「悪魔……復活した……」

「黄色い馬無し馬車が動き出しやがった!」

 いち早く動いたのは頬傷だった。

 彼は槍を放り出すと、砕かれた櫃に背を向けて一目散に走り出した。

「待てよぉ。置いていくな」

 片目も倣って槍を投げ出すと頬傷を追いかける。


「逃げるな! 持ち場を守れ!」

 彼らの上官の叫びは、やがって絶叫になって途切れる。



 ドウ……ドウ……ドウ……


 地獄から響く釜鳴りのような音が、凍てつく大気を震わせる。

 地に倒れた者の体には、すでに霜が付きだしていた。


 砕けた櫃の中から現れたのは、道徳を貶め人を外道へと誘う黄金色の鉄の箱馬車。

 その箱馬車の姿は、馬車を引く馬もいなければ頚木くびきさえも無い冒涜的なものであり、その腹には、秩序と規律を汚す黒黄の市松帯が描かれている。

 街道を照らす青白い邪まな鬼火のような一対の双眼の下には、もう一対の黄色い汚らわしき小さな灯火がある。

 この箱馬車の屋根には、人の心を畜生道へと貶めるような『TAXI』との呪術模様が刻まれた行灯らしきものが載っている。

 そして、この箱馬車一番の特徴である硝子張りの客室と一体になった御者席には、一人の男が座っていた。

 男は、自身が座る席の横にある黒い箱を操作する。

 すると『空車』との黒い背徳的な模様が『予約』の血と死と退廃を示す模様に変わる。

 


 街道を走る頬傷と片目の二人は、すでに剣も鎧も捨て去って、平民と変わらない姿である。

 一心に駆けたものだから、二人の息は乱れ汗は滝のよう。

 だが、今は歩みを止める事は出来ない。


「はあ、はあ。これから、どうする?」

 片目は呟いた。

 上官の命令を無視しての逃亡だ。兵舎に帰っても、軍法裁判で処刑されるだけだろう。

「人にまぎれよう。大広場だ」

 頬傷は大聖堂の方を指差した。

「だけど、あそこは……」

 そこでは今、魔女クアドラティスが火刑に処されようとしているはず。

「だからだ……あそこなら、兵も僧侶も術者もいる!」



 大聖堂の地下深い牢獄から紅い髪の女が引き出されてきた。

 

 かつて『聖女』とも『救世主』とも呼ばれ、この国を幾度も傾国の危機から救った女だ。


 それが如何なる理由で『魔女』と呼ばれ獄に繋がれたかは定かではない。


 だが、ある者は、この国を襲った災厄の全ては魔女の謀である、と言い。


 ある者は、数百人の子供を捕らえて生血を啜った、と言い。


 ある者は、大僧正を淫乱に落とし、国王と王子を誑かして諍いを起こした、とも言う。


 この紅い髪の女が、その魔女だ。

 魔女は聖句の刺繍が施された拘束衣を纏い、自身では歩くことも指を動かすことも出来ない。

 その拘束衣に縫い付けられた帯に棒を通し、その棒を左右から大男の処刑人が支えて運んでいる。


 拘束された魔女の前に、黒髪の男が立っていた。

 簡素な鎧を纏ってはいるが、周りの兵が頭を垂れて礼をとっている。

 この国の重鎮の一人であるカルトロワ将軍だ。


「何か言い残すことはないか? 魔女よ」

 カルトロワ将軍は、魔女に問うたが、魔女は一言も返事をしなかった。

「強情な……」

 と呟いた将軍は、自らの手で魔女の口にくつわを締め、その頬を激しく打った。

 魔女の頬は赤く腫れ、唇からは一筋の血が滴る。

「自らの罪を全て認めるなら、おとなしく聖なる炎で身を清め天に逝くが良い。だが、罪を認めぬのならば、聖なる炎は永遠にその身を焼き続けるだろう。その魂を糧に、どのような力に願おうと、この場から逃れる事はできんぞ!」

 カルトロワ将軍は言い放ち、その場を去った。


 魔女は、処刑人に支えて大広場の火刑場まで運ばれた。


 膨大な薪が積み上げられた中央に大きな柱があり、魔女は拘束衣姿のまま、その柱に縛り付けられる。


 処刑人が松明で薪に火をいれる。

 たちまちに、乾燥した薪は炎をあげた。


「聖なるかな! 聖なるかな! 今、穢れたる魂が清められます。聖なるかな! 聖なるかな!」

 僧侶は経を読み上げる。


 轟々と燃える炎は魔女の髪を焦がしだした。


「魔女が燃えちまうぞ」

 まだ息の荒い片目が呟く。

「魔女なんだから、しかたねえよ」

 汗を拭きながら頬傷が答えた。

「アレは来ないかな?」

 片目は心配そうだ。

「アレってのは、馬無し馬車か?」

「そうだよ。このタイミングでアレが封印を破ったんだぞ。魔女が呼んだかも……」

「アレはなあ。誰にでも呼べるんだよ」

 片目に頬傷が答えた。

「誰にでも? 本当か」

「おお、特別な札があってな。それに血を一滴垂らして念じるのさ……馬無し馬車は、寿命の半分と引き換えに、呼んだ者を何処へでも運んでくれる」

「何処へでもか?」

「ああ、呼んだ者が行った事のある場所なら何処へでもだ」

 頬傷の言葉が終わる前に、それは起こった。


 ドウ……ドウ……ドウ……


「あの音だ。アレが来た!」

 片目が叫んだ。


 ドウ……ドウ……ドウ……


「アレが来る! どこからだ?」

 片目の叫びに、周囲の民も異変に気づきだした。

「何が来るんだ?」

「黄色い馬無し馬車だ」

「まさか、地獄の黄色い馬車かい?」

「あれは、闘技場跡に封印されているはずだ」

「ああ、正教会と魔法ギルドが閉じ込めているんだぞ」

 その言葉に、片目が答えた。

「封印は破られたぞ。僧侶も魔法使いも死んじまった!」

 その時、頬傷の叫び声が響いた。

「魔女が!」


 拘束衣に囚われているはずの魔女が。

 聖なる炎で焼かれているはずの魔女が。

 火刑台の中央で一糸の纏わぬ姿で立っている。

 だが、まだ周囲は清めの業火が渦巻いている。


「魔女が動いたぞ」

「馬無し馬車が復活したそうだ」

「おい、大丈夫か?」

 火刑台を囲んでいた人垣の間を、不安が津波のように広がる。


 ドウ……ドウ……ドウ……ドドドドウゥ!


 地獄門を守る双頭狼の吼え声にも似た咆哮が大通りから響く。

 闇を切り裂くような青白い断末の光が放たれた。


「大盾前へ!」

 守備隊長の号令の下、守備隊の大盾兵が密集亀甲陣を組み、広場の端を封鎖して大通りと遮断する。

機械弩アーバレスト用意ぃ!」

 大聖堂正面を守る四つの高塔に配備された機械弩が動き出す。

 その照準は、亀甲陣の少し前。


「聖句唱詠 フラギレス福音書第五章!」

 大聖堂前に集う百名もの僧侶が聖句を謳い上げる。

 聖句は光となり、守備兵の大盾に降り注ぐと、亀甲陣全体が旭日のような光に包まれる。


火炎付加呪文エンチャント・ファイヤー アーバレストへ!」

 あちらこちらに控えていた魔法使い達が一斉に呪文の唱える。

 すると、機械弓につがえられていた矢の先に青い火が灯る。


 ドドドドウゥ!


 咆哮は一段と甲高くなり、馬無し馬車は速度を上げて聖光に輝く亀甲陣へと突入する。


 ガツンと、大地と大気が揺れた。


 亀甲陣は、わずかに後退したが揺るがすに馬無し馬車を受け止め、それを押し留めた。


 その機を逃さず、機械弩が一斉射撃を開始した。

 魔法炎を纏った人の背ほどもある巨大矢四本が、馬無し馬車の御者席を貫いて大地を穿つ。


 一度矢を放った機械弩は、高塔の中に仕込まれた錘と歯車の力で、弦を曳き次の巨大矢をつがえた。

 その矢にも魔法炎が付与されると放たれた。


 この攻撃は四度繰り返され、馬無し馬車は十六本の巨大矢に貫かれている。

 もはや、元の姿を留めるのは、黒い車輪だけとなっている。


「やったのか?」

 片目が安堵の息を吐いて呟いたが、頬傷は目を離さなかった。

「……いや、まだ」


 馬無し馬車を貫いた巨大矢が、動いた。


 カランと乾いた音を立てて、鋼から削りだされた巨大矢は石畳を叩く。


 カラン、カランと音を立て、次々と馬無し馬車を貫く巨大矢が抜けてゆく。

 それと同時に、醜く歪んだ馬無し馬車の車体が元の形へと戻りだす。


 次の瞬間。

 人面死告鳥ハーピィの鳴き声のような甲高い音が響いた。

 見ると。

 馬無し馬車の車輪が激しく煙を出すほどに回転している。

 その回転の反動で、馬無し馬車は車体を回転させると。

 馬無し馬車を押さえ込んでいた大盾兵を薙ぎ飛ばして、業火が燃える火刑台へと突っ込んだ。

 燃える薪は高く飛ばされ群集の上へと降り注ぐ。


「逃げろ!」

「魔女に襲われるぞ!」

「地獄馬車が来たぞ!」

「魔法も聖句も効かないのか」

「ああ、終わりだ」

「助けて、助けて!」

 火刑見物に集まった群集は蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。


 群集より一歩先んじて走り逃げる頬傷と片目の二人は、城門へと走っていた。



 一面に燃える薪が散らばった広場に、黄色い馬無し馬車が停車した。

 その扉がひとりでに開くと、馬無し馬車と魔女の間の炎が割れた。


 魔女は、足元に落ちていた焦げ跡があるマントを拾うと身に纏い、馬無し馬車へと乗り込んだ。

 魔女が乗ると、扉が閉じた。



 馬無し馬車の御者は、奇妙で背徳的な服を着ていた。

 騎士を侮辱するような極端に短い黒革ブーツに黒い布の乗馬ズボン。

 上着の白長袖シャツは世の全ての女性を汚すものであり。

 襟を止める奇妙な青いタイは、聖職者を貶める徴であった。

 

「お客さん、どちらまで?」

 奇妙な御者の声は、意外なほどに若い。


 魔女は轡を外すと血がにじんだ唇を開き、口の中から一枚の小さな札を吐き出した。

 魔女に血を含んだ札には『タクシー予約券』と超常的な不規則であり呪術的な模様が刻まれている。


「久しいな。タクシードライバー」

 魔女は呟いた。

「……クアドラティスの聖女さん、かい?」

「今は、魔女と呼ばれている」

 タクシードライバーと呼ばれた御者は肩を少し揺らした。

 笑ったのかもしれない。

「このイエローキャブも、昔のままだ」

 魔女は、馬無し馬車をイエローキャブと呼んだ。

「で……どちらまで?」 

「アデントの村へ……私の故郷だ」

 魔女は深く長椅子に身を預けながら呟いた。


「はい、アデントの村ね。村の入り口でいいかい?」

「それで……よい。その方が、よいだろう」


 魔女の言葉を聴いたタクシードライバーは、御者席の横にある鏡のような板に指を滑らせた。

 すると、鏡は輝きだして、邪まな図形や記号を浮かび上がらせる。

 さらに、その図形や記号は、冒涜的に蠢き、見る者の心を深く汚してゆく。


「支払いは、残りの寿命の半分ですよ」

 タクシードライバーは、確かめるように邪まな契約内容を呟いた。

「安いものだな」

 魔女は、この悪魔と呪われた契約を結ぶ。


 タクシードライバーが御者席横の箱を弄ぶと、血と死と退廃を示す『予約』の模様が、聖なるもの全てに汚物を塗りこめるような『賃走』の青い模様に変わる。


 穢れた青白い光が、城門へと続く道を照らした。


 再び、黒い車輪が人面死告鳥ハーピィの鳴き声を奏でると、イエローキャブは城門へと走り出す。


 その黒い車輪の轍跡は、邪まで穢れた呪術的な徴を石畳み刻み、永遠に人々を呪う徴のようである。


「クアドラティス!」

 魔女の名を叫ぶ戦士が、城門の続く道に立ち塞がった。

 

 その戦士はカルトロワ将軍である。


 カルトロワ将軍は、祝福された長剣をイエローキャブが走る抜ける瞬間に、邪まな光を放つ双眼に叩きつけた。


 カランと乾いた音を立てて、イエローキャブの双眼の一つがもげ落ちる。


 だが、将軍も長剣を取り落とた。

 その左手は、見る見ると赤く腫れてゆく。


「クワドラティス……強情な……」

 将軍は、走り去るイエローキャブの後姿に呟いた。


「カルトロワ将軍。ご無事で!」

 騎士が、駆け寄ってくる。

「取り逃がした。追撃の兵は?」

「準備をすすめておりますが、魔女の行く先が分からないと、兵を分散させねばなりません」

 騎士の言葉に、将軍はイエローキャブからもげ落ちた双眼の片割れを指差した。

 それは、朽ち果てるだけのブリキと硝子の屑に見えたが、勝手に石畳を転がりだして、イエローキャブの後を追いかけ始める。

「……これは」

「兵を集めよ。これをより追撃だ!」



 頬傷と片目は、砕け散った城門の大扉から街道へと逃れていた。

「これからどうする?」

 片目が息を整えなが言う。

「隣国へ逃げよう。もう軍にはもどれねえからな」

 頬傷は、街道から外れて脇の水路へと降りると、その水で顔を洗いはじめた。

「国超えの当てはあるのか?」

 片目も水路に降りてきて、水を飲む。

「アデントの村から関所の無い猟師道がある」

「アデントの村か……遠いなあ」

 二人が水路の脇に座っていると、街道を一団の騎士が走り抜けて行く。

「あぶねえなあ。騎士団に見つかったら打ち首だぜ」

「あいつら、どこへ行くんだろう? アデントの村かな」

「まさか」



 徒歩なら一週間。騎馬でも二日かかるアデントの村に、イエローキャブは一刻ほどの時間で着いた。

 木柵で囲まれたアデント村の入り口でイエローキャブは停止して、扉を開いた。

「狂気のような道中だな。風景を楽しむ暇もありはしない」

 魔女は、イエローキャブから出て裸足で地面に立った。

「領収書いるかい?」

 タクシードライバーが穢れに滴る様な記号と模様に満ちた紙片を差し出した。

「それは何の役に立つ?」

 魔女が問うと。

「経費で落とすときに使うのさ」

 と、タクシードライバーは人道に外れた誘いの言葉を吐き出した。

「……それは、必要ない」

 魔女が断ると、イエローキャブの扉は閉じて、再び死せる獣の吼え声を響かせ、邪まで穢れた呪術的な轍痕を街道に刻みながら走り去っていった。


「さて、逝くか」

 魔女はアデント村へと歩みだした。

 村の入り口には、瓶を持った女と斧を持った男が立っている。

 

 魔女を迎えた男女は、一礼して数度言葉を交わした。

 そして、魔女が祈るように片膝をついて座ると、男は魔女の首に斧を打ち下ろした。


 魔女の首は、コロコロと転がってゆく。


 女が転がる首を拾い上げると塩の入った瓶の中に、その首を入れた。


 一連の事が終わると、村からゾロゾロと沢山の人が出てくる。

 彼らは、首の無い魔女の遺体を抱えると、ゆっくりと裏の山へと運んでいった。



 カルトロワ将軍率いる騎士団がアデントの村に着いたのは、その翌日であった。


 魔女との激しい戦闘も予想して騎士団員たちは、アデント村の村長が魔女の首を入れた瓶を差し出した時には、何か物の怪に騙されたような気分であった。


「よく討ち取れたな」

 将軍の言葉に。

「手負いで、虫の息でござんした」

 と、村長は答えた。

「体は、どうした?」

「へえ、首を切り落としたら、塵になって消えやした」

 その言葉に騎士団員たちは、やはり魔女だな、と呟いて納得した。


 魔女の首を受け取った将軍は。

「ご苦労であった。この働きに、国王もお喜びになるだろう。褒美は追って沙汰する」

 と告げて、都へと帰って行った。



 都へと帰途の道中に、カルトロワ将軍は最後にクワドラティスと言葉を交わした時の事を思い出していた。

 その頃は、まだクワドラティスは聖女と呼ばれていた。


 

 



「カルトロワ、私の死を利用しなさい。最大限にです」

 クワドラティスは言い放った。

「聖女よ……いえ、クワドラティス。なぜ、そこまでするのだ。貴女が命じるなら、私は王の首も……」

「それ以上はいけません。カルトロワ」

 クワドラティスの言葉は硬かった。

「私は魔女になります。そして、魔女として死にます。それ以外に、この国を纏める術がありません」

 

 彼女は、あまりに多くの功績を残しすぎた。

 また、その美貌から国王と王子ばかりでなく大司教と魔法ギルドマスターまでもが彼女を妻に望み、互いに争いはじめた。

 民は、彼女を救世主と崇拝ており、国権や教会をないがしろにしはじめている。

「なにより、民が私が全てを解決すると思い始めているのが、最もいけません!」

 そう語る彼女こそが、この国の分裂の中心だった。


「貴女が……」

 カルトロワは、王になればよい、との言葉を飲み込んだ。

 それを、察したのかクワドラティスは微笑んだ。


「あなたに、ひと時だけこの札を預けます。上手く私に返してください」

 それは『タクシー予約券』である。

「これは……まさか、あの邪法の具現を……」

 カルトロワは、その札を握る手が震えるのを止めることができなかった。

「ですが、アレは正教会と魔法ギルドが封じたと聞いています」

 その言葉にクワドラティスは朗らかな笑いで。

「アレが、それ如きで封じられるものですか。そして、それこそが計画の鍵です」

 正教会と魔法ギルド、それに国王が威信をかけて封じたアレを、クワドラティスが魔女として解き放つ。

 その事でクワドラティスは真の魔女となる。

「ですが」

 カルトロワも引き下がらない。この札は計画の鍵であるならば、不確定要素は少ないほうがよい。

「使った事があるのです」

 クワドラティスの言葉がカルトロワを貫いた。

「……それは……あの時の?」

 カルトロワの呟きに、クワドラティスは微笑んだ。


 三年前の蛮族との戦いの折、カルトロワは負傷した。

 深手であり、傷からの毒で高熱が出た。

 このまま死ぬと思っていたカルトロワであったが、次に気がついたのは都の治療院であった。

 聖句の加護と治癒魔法で一命を取り留めたカルトロワ。

 だが、辺境から都まで、どうやって意識の無いカルトロワを運んだのかを、クワドラティスは語らなかった。

 ただ、大変だったわ、と笑うだけだった。


「アレは、この世の理から外れています。奇跡も魔法も打ち破ります」



「最後に、私の我侭を聞いてくれると嬉しいのだが」

 クワドラティスは語った。

「私は、アレで故郷に帰ります。そこで殺されます」




 数日後、クワドラティスが魔女だとの噂が都に流れた。

 その噂は、枯野の野火のごとく忽ちに広がった。





 騎士団が去ってから五日後の事。

 頬傷と片目は、アデントの村へとたどり着いた。


 国超えの前に村で食料を分けてもらおうと思っていたのだが、村の入り口には騎士が番をしていて、村には入れそうもなかった。


「食料も無しじゃあ、国超えは無理だな」

 頬傷が愚痴をこぼしていると。

「おいおい」

 と片目が何かを見つけた様子だった。


 見ると、村の裏に新しい塚があって、そこには大量の供え物があるではないか。

「こいつは……」

「天の授かり物だよ。これだけあれば、大丈夫だろう?」

「ああ、十分だ」

 頬傷と片目は、供え物を集めると急いで猟師道へと入っていった。



「しかし、あの塚は、何を祭っていたんだろうねえ」

 片目が供え物の団子を喰らいながら歩いている。

「そう言えば、塚に記名が無かったなあ」

 頬傷も、固焼き菓子を齧りながら歩いている。


 二人の行く先には、国越えの峠が見え始めていた。

ファンタジー異世界にタクシーがあったら……と考えて話をつくりました。

予定では、ほのぼのになるはずが、気がついたら這い寄るがごとくダークな話に……



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