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短篇集

大晦日の夜

作者:

1月中旬頃より公開予定の新連載があるのですが、これはその予告篇みたいなお話です。

山も落ちも意味も、特にありません←

市橋(いちはし)さん、早く〜」

「はいはい。もうすぐ材料全部入れ終わるから、大人しく待ってて」

 十二月三十一日、夜。

 一つの年が今まさに終わろうとしている、大晦日という名のちょっと特別なひととき。

 アパート内の狭い炊事場に立ち、深く考える間もないままにあれこれ準備を整える。そんな僕と、テレビの向こうで繰り広げられている歌合戦を交互に眺めながら、リビングの真ん中にでん、と鎮座するコタツに入った同居人の那智(なち)は、ゆらゆらと忙しなく身体を揺らしていた。

 そんな姿を横目に、僕はクスリと笑みを溢す。

 だってもう二十歳越してるはずなのにさぁ……相変わらず子供みたいなんだもん、こいつ。

「ねー市橋さん。まだぁ?」

「あとちょっと。これを入れたら、あとは煮込むだけだから」

 水洗いした白菜をちぎりながら答えれば、まだ酒も入っていないはずなのにやたら上機嫌な声が「早くしてね」といつもより甘ったるく届いた。


「お待たせ」

 タオルで手を拭きながら那智のいるリビングへ足早に向かうと、那智はすっかり歌合戦の方に夢中だった。さっきまであんなに「早く」とうるさかったのに……気分屋なのは相変わらずだ。

「今、誰の曲やってるの?」

 那智のちょうど向かい側に座り、足を入れながら問う。コタツの中はじんわりと温かく、芯まで冷えた足を優しく包んでくれるようだった。

 明々と灯るテレビを覗いてみれば、放送されているのは歌ではなくゲストのコメント。

『どちらも名曲ばかりで、やはり甲乙つけるのは勿体ないですね』

 そう話しているのは確か、来年スタートのドラマに出演が決まった人気俳優だっただろうか。

 那智はその人を食い入るように――どこか焦がれるような熱い瞳で凝視していた。

 そんな彼に、あぁ、と僕は納得する。

 きっと那智は、羨ましいのだ。何せ彼にとってあの位置は、今までずっと――そして今でも、憧れの存在だから。

「いつかは那智も、あの席に座れたらいいな」

「……うん」

 那智が真顔で、コクリとうなずく。

『さぁ、次は我らが白組――……』

 司会の男性アイドルが仕切り直すと同時に、那智はこちらにクルリと顔を向けた。弾けるように無邪気な笑顔で、僕を見る。

「ね、お鍋あとどれくらいでできる?」

「んー、あと十分ぐらい煮込んだらいいかな」

「じゃ、一緒に歌見よう!」

 手放しで喜びそうな勢いの那智に、軽く笑みを返す。

 少し遠くでぐつぐつと煮立つ鍋の音を聴きながら、僕と那智はまったりと歌番組を見ていたのだった。


    ◆◆◆


『いやぁ、さすがは年の瀬。本日の曲は全て最高傑作ですよね。甲乙つけがたいとは、まさにこのことです』

 十二月三十一日、夜。

 テレビの向こうでそう話すのは、つい数年前まで僕の傍にいたはずのあいつ――那智。

 来年から始まるドラマに出演が決まり、少しずつ露出も増えてきた那智は、すっかり俳優の顔をしていた。

 すっかり遠い人になったなぁ、と思う。

 同時に、こんなにも気落ちしている自分に呆れ、僕は思わず苦笑いした。

 ――今さら、何を言っているのだろう。先に手を離したのは、僕の方なのに。

 いつの間にか、僕の方が彼に置いて行かれたようで。

 こんな喪失感に浸らなければならない時が来るなんて、あの頃は思ってなかった。

 ……なんて、馬鹿みたいだなぁ、僕。

 溜息をつきながら立ち上がり、ぐつぐつと煮立ってきた鍋の火を消す。あの頃二人でつついていたものより一回り小さな、一人用の鍋。

「さ、食べよう」

 他に誰もいない部屋で、一人呟く。

 答えてくれる声も、待っていてくれる笑顔も、今はもう、ない。


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― 新着の感想 ―
[一言] はじめまして。 読ませていただきました。 僭越ながら、感想をば書かせていただこうと思います。 まだ傍に居たころの温かい思いで。 自分はここにいるのに、あの人はもういない。 回想、追憶。 …
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