第六十六話
シルヴィオは彼の笑い声を聞いて、ふと先ほどまで夢を見ていたことを思い出す。
しかし、内容までは思い出せず、ただ漠然と『変な感じの夢』としか思い出せなかった。
「それで、何か様か?」
忘れてしまった夢の事は忘れて、彼はウェルコットに問う。
「…………あ。子供たちが迷い猫を保護したいようですよ。……特にイオルが」
嬉しそうに笑って言った彼を、シルヴィオは怪訝そうに見上げた。
「イオル……? ラティとかテオじゃなく?」
「えぇ。シルヴィオに反対されてしまわないかと、不安そうでした」
「そうか。イオルが、か……。わかった、着替えたらすぐに行く」
「それでは私はこれで」
ウェルコットは頭を下げて退室していった。
(しかし、あの大人しいイオルが、ね……)
クスッと小さく笑い、シルヴィオは身支度を済ませ。
子供たちが待っているであろうリビングに向かった。
彼がリビングに着いたとき。
子供たちが輪になって座り、きゃっきゃと楽しげに騒いでいた。
だが、一瞬後。
飛びかかってきた黒い物体によって、彼は顔全体を覆われたことに驚き、後ろにひっくり返った。
「っ…………!」
したたかに腰を打ち、顔に張り付いた
(くそ、なんだ……!)
内心舌打ちをして顔に張り付いた物体を、片手で手荒く引き剥がず。
「んむあぁぁ……」
顔から剥がれたモノ。
だみ声で変に鳴く、毛が長くて黒い、腹ボテの……何か。
「…………………………タヌキ……?」
シルヴィオは猫掴みをしたまま怪訝そうに呟くと、テオが真っ先に口を開いた。
「しーちゃんたぬきさんじゃないよ、ねこさんだよ!」
「そうそう、ねこちゃん!」
「……ねこ」
シルヴィオのタヌキ発言は、勢いよくテオ、ラティ、イオルに否定された。
(いやこの腹……。絶対タヌキだろ…………)
「シルヴィオ。戸惑いは良く分かる。俺もタヌキかと思った」
スッと目をそらすフォード。
そんな彼に、ルルカとルルクが「やーい、ばーか」と声をそろえた。
「んだよ! お前たちだってひそひそ『タヌキ?』『え、タヌキ?』って言ってたろっ!!」
「言ってないもーん! ね~ルルク?」
「そうそう、言ってないもんね~っだ!」
「ウチら、最初から猫だってわかってもん」
「お馬鹿なフォードと違うんだよぉ~」
双子はフォードを馬鹿にするような顔をして、両手で彼を指をさしてケタケタ笑う。
「……っ、くそ。このコピーめ!」
「「残念! 双子だよ~ん」
あっかんべ~、と言って下にまぶたを指で引いて舌を出した双子。
これに何も言えないのか、フォードが黙った。
「っ…………」
「「あはは、フォードの負っけ~」」
再びケタケタと笑い出した双子。
シルヴィオはこの双子を見て常々。
「どっちがどっちかわからない」と考えるが、この日もどっちがどっちか解らなかった。
しかし、今日こそ双子を見分けるためのポイントを。と、探していたシルヴィオの服が引っ張られ。
そちらに目を向けると、ラティが彼を見上げていた。
「ねぇねぇしーちゃん、ねこちゃんちょうだい! イオルがずっとだっこしてたの!!」
「あ、ラティずるい! ボクも!」
そう言って手を上げて主張するテオ。
シルヴィオはそんな二人に小さく笑って、しゃがんでラティに豚猫を手渡した。
「仲良く面倒を見なさい。もしそれができないのなら、お世話はさせないよ? 良いね」
微笑んで言ったシルヴィオ
彼の言葉に、三人が嬉しそうな顔で頷いた。
「あ、シルヴィオ。おはよう」
思い出したように言ったフォード。
そんな彼の言葉を聞いた子供たちが口々に「おはよう」と言い。
シルヴィオはこの様子に、苦笑して「おはよう」と返事を返し、ウェルとテファ。
二人が座っているテーブルについた。
「ウェル。俺は帰ってきて何時間眠っていた?」
「そうですね。良くわからないのですが、丸一日ではないでしょうか?」
「……そうか…………。で、あの猫はいつからここに?」
「シルヴィオが王宮に行った日の昼ごろからです」
「そうか……。で、テファ。どうした、今日は静かだな」
「酷いわ、しーちゃん。それじゃまるであたしがいつも騒がしいみたいに聞こえるわ」
すねたように言う彼女に、「その図体で言われても……」と、言いそうになったのをシルヴィオは必死でこらえた。
「ほら、朝飯。起きてこねーから、俺らは先に食った」
コトッと置かれた皿。
それに、テファが作った様な危ないようなものは無く、パンと焼かれた肉と、卵が載っていた。
他人の作ったまともな食事を久しぶりに見たシルヴィオは、微笑みを浮かべる。
「ありがとう、フォード。俺がいない間迷惑をかけたね」
「いや、迷惑かけてんの俺らだから……。気にすんなよ。シルヴィオだって仕事とかあるんだろう?」
「あ……。うん。怖い(てか危ない)部下が居るんだ…………」
スッと遠い目をして言ったシルヴィオ。
そんな彼に、フォードは少しだけ俯いた後、顔を上げた。
「……俺、シルヴィオが帰ってこれないときは飯作るから、連絡しろよ」
「ありがとう。それとフォード。家をきれいにしてくれるのは良いが、体を壊すんじゃないぞ」
「おう。ルルカとルルクもいるから、そんなに無理はしねぇーよ」
ニッと笑ってフォードは子供たちの輪に戻っていった。
「あの子は本当に良い子ですね。そう思いませんか? シルヴィオ、テファ」
微笑みを浮かべるウェルコットの問いに、問われた二人は静かにうなずいた。




