第七話
「皆?!」
「えぇ。ですが、先ほどのは何処かの屑とよく似ていたので、十点減点です」
ノエルは満面の笑みを浮かべ、『何処かの屑』の部分だけが低くなった。
ちなみに、『何処かの屑』がエルウィスを指していることが分かっているロジャードは、頬をひきつらせ、乾いた笑い声を上げた。
「それと、坊ちゃん。先ほども言いましたがお客様のご到着です」
「あ、あぁ。わかった」
ベットから立ち上がり、扉に向かおうと歩き出す。
その時、執事の目が光った。
――ように感じた。
「ところで、髪はくしを通しましたか?」
「………………」
「忘れたのですね?」
「はい……」
まっすぐ見つめてくる執事から目をそらし、目敏い執事め。と胸のうちだけで愚痴る。
「旦那様のようなお方はお一人で十分です」
しみじみ言う彼に、ロジャードは苦笑いを浮かべるしかなかった。
セメロ邸テラス。
丸いテーブルの一席を開け、四人の男女が囲んで座って優雅にお茶をしている。
その中で、黒髪を結い上げた青いドレスの女性が、持っていたティーカップを置いた。
「ロイドのやつ遅いな」
聞こえたのは女性にしては低い声。
それを気にする様子もなく、ウィルロットが口を開いた。
「あぁ、でも。呼びに行ったのが父さんだから。なぁ?」
「えぇ、父さんだもの」
彼はしみじみと、隣に座る妹に同意を求める。
そんな兄の声に妹・レティもしみじみと、頷いた。
「ノエルさんだと、いけないの?」
緑の上等な服を着て、長い黒髪を後ろの低い位置で束ねた、高い声の少年が小首をかしげる。
「アンったら忘れたの?」
「何を?」
「父さんが迎えに行くって事は――」
「遅くなってすみません」
ロジャードは、引きつった笑みを浮かべ、テラスの扉を開けて入ってきた。
後ろには、満面の笑みのノエル。
彼の頭を見た四人の頭の中で、「やられたんだ」の一言が浮かんだ。
そう、彼の長い髪は、女性のように美しく結われていた。
そんな彼は、青いドレスの女性と、レティの間に用意された席に座る。
彼の前に紅茶を執事が置いた。
「では、坊ちゃま。私は席を外させていただきます。何かございましたらお声かけくださいませ」
「あぁ。ご苦労」
ノエルは、テーブルに持ち手のついたベルを置いて、部屋から出て行った。
「で、その頭はど~ぅしたよ」
「……ロイドの心情を察しろよ。ルーフ」
ターコイズの瞳を細め、妖艶な笑みを浮かべる青いドレスの女性。
疲れた様子のウィルロットが、彼女の名を呼ぶ。
そして、ロジャードに憐みの表情を浮かべた。
憐れまれた彼は、ウィルロットとルーフと呼ばれた女性を睨む。
「黙れ。ルーフ、お前は一国の王子のくせになんて恰好をしているんだ!」
「えぇ~、そんな頭で凄まれても怖くないし~。それより似合うっしょ? さぁ、俺の美しさにひれ伏すがいい!!」
椅子に座ったまま、胸を張り、腰に手を当てるルーフ。
本名。ルファネス・グレイオ・エドレイ。
「嘆かわしい。男でありながら将来の王がこんなだとは……」
彼はテーブルに手をつき、頭を抱える。
「はっはっは! お前の今日の髪型超にあっているぞ」
「そうだな。ところでロイド、そんな髪型で凄んでも意味がないぞ。それに、ルーフのことはあきらめろ。もう手遅れだ」
豪快に笑うルーフの言葉を肯定した後、すぐに彼をけなすウィルロット。
そうだったな。と言い、ロジャードは顔を上げた。
「ところで……レティ、アン。いつまで笑っているつもりかな?」
口に手を当て、俯き、肩をプルプル震わせるレティと、緑の服少年に言う。
彼の言葉で、二人は顔を上げた。
しかし、笑いは治まらないのか、笑いをこらえる顔で肩を震わせている。
「だって、似合い過ぎてて……くっ、ぷふ、あはははは!!」
「ご、ごめんなさ、わ、く……わ、笑うつもりは」
それだけ言うと、レティは大きく声を立てて笑い、少年はルーフと同じ色の瞳を細め、小さく笑い声をたてて笑う。
この少年は実は少女で、本名をスティアナ・アン・エドレイと言う。
「……で、なんでこの国の王子と姫君がそんな恰好をしているんだ!!」
彼はテーブルに両手の拳を打ち付ける。
その衝撃で、カシャン。と載っていた陶器類が音を立て、それを見ていた王家の兄妹は同時に答えた。
「俺に超似合うから!」
「ここに来るためです」
兄は胸を張り、大声で堂々と。
妹は静かに、微笑みをうかべて……。
ルーフの声が、アンの声をかき消したことは言うまでもなく。
お馬鹿ナルシスト王子によって、テラスは呆れと言う名の、重い沈黙に包まれた。
まだいきます。