第六十話
(何があった……。 何がアンを自殺に導いた…………?)
シルヴィオは考えるよう、ゆっくりと目を閉じる。
それからしばらくして、旋律が聞こえなくなった。
「終わったか……?」
閉じていた目を開けてシルヴィオが問うと、ウェルコットが振り返る。
「はい、命の危機は脱しました。それで、この傷のですが。いかがなさいます?」
この言葉に、シルヴィオはウェルコットの隣。
アンの傍に行き、左手首に目を向ける。
傷は、うっすら細く血がにじむ程度までふさがっていた。
「このままだと危険か……?」
「いえ。血の流れを新たに作り、そちらに流れを移動させました。これは傷が完全にふさがるにつれ、元の位置に戻るようにしております。ですから、ご安心ください。ただ、この傷を残すのか否かを聞いておりませんでしたので……」
「………………残しておけ。二度と、このようなことをしないよう…………」
「かしこまりました。では、そのように……」
シルヴィオの真摯な言葉に、ウェルコットは微笑みを浮かべていった。
「……………ぃ……ぁ…………」
「「?!」」
突如聞こえた小さなうめき声の様な声。
シルヴィオとウェルコットは驚き、アンに目を向け、起きた訳ではなかった事に、安堵の息をついた。
「なんだ、寝言か…………」
「……心臓に悪いですね」
苦笑する二人。
そして気づいた。
彼女が苦しそうにゆがめていたことに……。
「アン……?」
シルヴィオはそっと彼女の左手にふれ、隣に居るウェルコットに目を向ける。
この時、ウェルコットはひどく驚いた顔でアンを見ていた。
「ウェル。どうした……?」
シルヴィオの問いに答えない。
だが、次の瞬間。
驚愕から悲し気に顔を歪め、ウェルコットはアンの額に手を当てた。
「………………可愛そうに……。現実と夢が、ごちゃ混ぜになっていたんですね…………」
そう呟いたウェルコットは、スッと空いている方の手をシルヴィオに差し出す。
これにシルヴィオが眉を寄せ、ウェルコットは彼の反応に表情を引き締めた。
「……彼女。このまま、囚われますよ」
「…………何にだ……?」
「行っていただけば、わかります」
ウェルコットはそう言ってシルヴィオの手を掴み。
「お気をつけて」と言って、微笑んだ。
彼の声を合図に、一瞬後。
シルヴィオは上も下も分からない上、何もない闇の中に居た。
(なんだここは……?)
そう思い、シルヴィオがあたりを見回した時、悲鳴が聞こえ。
シルヴィオは知らず知らずのうちに駆け出した。
同時に、彼の寝間着がエドレイの服に変わり、髪の色が黒に変わる。
これにシルヴィオは驚いたが、足を止めず、悲鳴の主の元へと急いだ。
しばし走ったところで、小さな光が遠くにみえるところ。
そこで影のように真っ黒な男とネグリジェ姿の女性がもみ合っていた。
「もうやめて、触らないで……!!」
悲鳴に近い声を上げ、彼女は男の手を必死に振り払い、泣きながら男から逃げる。
彼女の後を、影のように真っ黒な男が、異様なほど響く足音を立てて、ゆっくり追う。
この音に、彼女の肩がはねた。
「もういや! 来ないで!!」
彼女は必死にそう言って耳を抑え、俯いて走る。
しかし、影はつかず離れずで彼女の後を追う。
これを見たシルヴィオは、走る速度を速め。
下を向いて走って来る彼女を抱きしめた。
「?! ……っ……!」
驚き、必死に逃れるために暴れる彼女を落ち着かせるため、シルヴィオは優しく彼女に声をかける。
「アン。もう大丈夫。気づいてあげられなくて、ごめんね……」
彼の声に、アンは徐々に力を抜いて目を見開き、泣きはらした目でシルヴィオを見上げた。
これと同時に、迫る男の影と足音が止まった。
「…………ろい、ど。さん……?」
信じられない。そう言わんばかりの顔のアンに、シルヴィオは微笑む。
「そうだよ。怖かったね……。良く、頑張った……」
「っ…………」
彼の言葉に、アンは俯き、抱き着いて声を殺して泣き始めた。
シルヴィオは、彼女を抱き込み、落ち着くようにと頭を撫でる。
これに、立ち止まっていた影は、足元から灯りがさしたよう、その人物の姿を露わし初め、それを光がつま先から消していく。
光は、影だった男を照らす灯りに首ほどで追いつき、男の顔を光が消した。
このおかげで、シルヴィオは消えた男がどこの誰なのかまでは分からなかったが、彼が身に着けていた服は、エドレイと同じ型の服装だったということだけ。
ちなみにここら一帯の国々は、エドレイと同じ型の服が常だ。
このため、手がかりにならない。
シルヴィオはこれを知っていたので、男が消えた場所をしばらく見つめていたが、その視線をアンに向けた。
「アン。自分が何をしたか、覚えているね?」
決して責める口調ではない声に、アンは俯いたまま頷いた。
「そう……。もう、自殺とか……馬鹿なこと、考えてはいけないよ? 残していく人が、とても悲しむからね」
「…………はい……」
彼女が頷いた瞬間。
シルヴィオの体が光に包まれ、シルヴィオはこの光が魔術によるものだと気づき、小さく笑う。
どうやらアンも、この現象に気づいたのか、驚愕の表情でシルヴィオを見上げ、腕に力を込めた。
「アン。君の幸せを心から祈っている。どうか幸せに、笑顔で生きておくれ。約束だ……」
シルヴィオは微笑んでそう言うと彼女を抱く腕をおろし、頭を一撫でした。
次の瞬間。
彼の体は光に包まれ、消えた。




