第五十九話
一方、レイザイオンを目指したはずのシルヴィオ。
彼は月上りの中。
驚愕に目を見開き、茫然。
そんな彼の目の前にある、月明かりに照らされた石。
『エドレイ王国から奴隷を無くし、民を一身に思い慈しんだ偉大なる王。レイザイオン・ウェドー・エドレイ。ここに眠る』
そう彫られ、その下に彼が生きた時代が記されていた。
(………………これは……どういうことだ……? ……王が、死んだ…………?)
強いめまいの様な感覚と、地に足がついていないような感覚がシルヴィオを襲う。
彼はそれに必死に耐えるが、頭の中が真っ白になり、そのまま立ち尽くし、茫然。
(馬鹿な……。陛下はまだ、若かったはずだ。なのに……死んだ? そんな、そんなはず……………………)
働き出した頭を使って、彼はもう一度。
石に刻まれた者の名を読んだ。
だが、変わるはずもなく。
夢で見たレイザイオンが、すべてが終わってしまった様なことを言っていたことを思い出した。
「陛下……。いえ、前エドレイ王。あなたは何故、私に会いに来られたのですか?」
シルヴィオは墓石を見下ろし、問う。
頭の端で、答えなど帰ってこないと、知っていながら……。
「………………シルヴィオ……」
ウェルコットの気遣わしげな声に、彼はゆっくり振り返る。
「……来たか。ウェル」
「はい。やはり、お亡くなりでしたか…………」
「…………あぁ」
シルヴィオは軽く俯き、頷いた。
これに、ウェルコットも俯き、思い出したように口を開く。
「託されたご家族の、安否確認は……?」
「…………まだだ……。すぐに戻る。お前は俺が長居するようであれば来い」
「畏まりました」
頷くウェルコットをみて、シルヴィオはエルセリーネに后妃の安否を確認に行かせ、ルーフの寝室に行き、彼の生存を確認した。
その後。
もどってきたエルセリーネから、王妃の生存を確認。
アンの元にも行くよう命じたが、言うことを聞かず。
結局、自分で行く羽目になった。
(くそ! エルセリーネの奴め………………。寝室の扉少し開けて、入らずに確認。それに限るな……)
と言うことで、シルヴィオは扉を少し開け、寝台を確認。
しかし、寝台には誰も寝ていない。
不審に思いつつも、なんとなく右端。
中ほどまで開かれた、カーテンの空いた窓の下。
彼が居る扉側の端が気になり、そちらに目を向け、息をのんだ。
彼の視線の先。
窓からさきこむ、わずかな月明かり。
それが、寝台の上に投げ出された、血の付いた小刀を握る華奢な右手を照らす。
これにシルヴィオは慌て、音を立てずに室内に飛び込み、それに駆け寄った。
近寄り、目にしたものは月明かりに照らされる黒い長い髪。
寝台に寄りかかるように力なく座り込んだ、ネグリジェ姿のスティアナ・アン・エドレイの姿だった。
彼女のネグリジェを染める大量の血。
その血の出所は、膝の上の傷が深い左手首。
シルヴィオはその手首を握ぎった。
「すぐ来い」
そう、小さくウェルコットに向けて呟いたのと同時に、すぐ横で光の柱が出来上がった。
「今来ましたが、どうしたんですか?」
いつも通り微笑む彼に、シルヴィオは目の前のアンに目を向ける。
ウェルコットはこれにつられて目を向けた。
「?! 何と言うことを……!」
驚愕を露わに、ウェルコットは声を抑えて言い、しゃがんだ。
シルヴィオはこれに、握っている彼女の手を離す。
これにすぐさま淡い、青の光発生させ、ウェルコットがあふれている血を抑えた。
「シルヴィオ。彼女をベッドに寝かせてください」
声を抑えて言うウェルコットの言葉に、シルヴィオは頷き、彼女の体を寝台に寝かせる。
これに、ウェルコットが寝かされた彼女に布団を掛け、彼女の体全体を強い蒼の光で包み込む。
そのすぐ後。
歌うような透き通った旋律が小さく聞こえた。
しかし、何を言っているのかまではシルヴィオには解らなかったが、ウェルコットが今歌っている旋律は、人に出せる音ではないことは分かっていた。
(封じられし古代魔法。か……)
シルヴィオは寝台から離れて壁に寄りかかり、蒼い光に包まれているせいで、より一層顔色の悪く見える彼女に目を向けた後。
ゆっくりと目を閉じた。




