第五十六話
こうして、彼らはルッティーフ公爵家に戻る。
シルヴィオはウェルコットに少年たちを守るように言い、オグダン国王に会いに行った。
そして、シルヴィオはオグダン王の背後。
だが、突然現れた彼に、側近たちは驚愕の表情を浮かべ。
彼が背後に居ることなど知りもしないオグダン王は、目の前に置かれた、クリームの上に苺やなにやらのフルーツがのった、ワンホールケーキに笑みを浮かべ、手をすり合わせている。
シルヴィオはニヤッと笑みを浮かべ、王の剥げた頭に手を置き、それに勢いよく押し付けた。
――ガッシャーン!
音の少し前。
オグダン王が「へぶぅあ!」と声を上げた。
その衝撃で、ケーキの載っていた皿が割れている。
シルヴィオは王の頭に手を置いたまま、ククッと笑い、さらに押し付けた。
おかげで禿げ上がった王は、耳まで真っ白だ。
「即刻、ファバル皇国から手を引け。良いな……?」
「ぐ……。おのれ…………」
王の声に、側近がハッとして、慌てて剣を抜いた。
「動くな。王だけでなく、国ごと消されたくはないだろう?」
そう言ってシルヴィオは笑みを浮かべると、側近たちは一歩後ずさる。
「さぁ、王よ。答えろ」
シルヴィオは王の頭をさらに、押し付けた。
これに王は必死に顔を横に向ける。
「何をしておる! 早くこの狼藉者を殺せ!!」
「………………よほど、死にたいと見える……」
怒鳴った王に、シルヴィオは冷笑を浮かべる。
その時、クリームで真っ白な王の頬辺りに、浅い傷が出来たのか、赤い血が見て取れた。
「…………どうする? このまま死ぬか、ファバルから手を引くか。選べ……。早く決めねば、ブタブッティ王のように惨殺されるぞ……?」
この言葉に彼は、机に押さえつけられた王から小刻みな震えと、明らかな怯えを感じ取る。
どうやら、昨日の事をすでに知っているようで、歯が小刻みにあたる音が王の口から聞こえた。
しかし、恐れを抱いた者は王だけではない。
シルヴィオ以外、この場に居る者すべてが恐怖の感情を抱き、重い沈黙が空間を支配した。
誰一人として動くことのない沈黙の中。
「死、にたく……ない…………」
王は震える声で、そう発言した。
シルヴィオはこれに一つ頷き、王から手を離す。
「では、即刻兵を引きあげろ」
彼の言葉に、顔を上げたクリームまみれの王は壊れたように頷き、それを見た一人の兵士が出て行った。
「オグダン王よ……。次はないぞ?」
去り際にシルヴィオは冷たく言い残し、ルッティーフ公爵家に戻った。
「おかえりなさいませ。シルヴィオ様」
床に座り込んでいたウェルコットが、戻ってきたシルヴィオを見上げ、悔しさと悲しみを隠し損ねた笑みを向けた。
彼の傍には、涙を流して眠る少年二人。
シルヴィオは彼らを一瞥し、ウェルコットに視線を向けた。
「……話したんだな」
「はい……。案の定、助けに行くと……言われました…………」
目を伏せるウェルコットに、『お前は悪くない。しかたなかった』。
などと声をかけても、嘘臭く感じるだろうと、彼は話を変えることを選らんだ。
「ウェル。この子たちは、今、ルッティーフに入ろうとしているラグリッドに預ける」
「……あの男に……ですか…………?」
シルヴィオの言葉に、ウェルコットは怪訝そうに顔を歪めた。
「あぁ。ルッティーフの人間で、仮にも最前線で指揮を執っていた男だ。何らかの危険から、この子らを守ることができるだろう」
「しかしあの男は、妻子を守りきれず、無残にも殺されております。また、そのようになるのではありませんか……?」
「それはないだろう。あの男は同じ失敗は繰り返さないことで有名な奴だ」
「…………まったく、シルヴィオは昔からあの無礼な男に甘すぎます……」
呆れ顔のウェルコットに、シルヴィオは苦笑した。
「そんなことはないさ。ただ、戦の采配が上手いやつで、結構親しみやすかったからな」
「戦の件は認めますが、なれなれしすぎて私は好きになれません」
ウェルコットは顔をしかめる。
これにシルヴィオは思い出したように言う。
「そうか。だがまぁ、今はその親しみやすさはなかったな」
「……あの男。また無礼な真似をしたら、畜生に変えましょう」
「やめろ。体力の無駄だ」
「わかりました。やめます」
笑みを浮かべるウェルコットだが、口先だけなのが見て取れた。
しかし、これに何も言わず、シルヴィオは二人をラグリッドのところに運ぶよう言って、ラグリッドのところに行った。
ラグリッドは突然隣に現れた彼に、一瞬驚いて剣にふれた後。
その手を剣から放し、不敵な笑みを浮かべた。
「これはこれは主殿。突然に居なくなったかと思えば、今度はどうしたんだ」
「お前にルッティーフ公爵家の人間を任せたい。やってくれるな」
「拒否権なんてないんだろう?」
「当たり前だ。ルッティーフの人間はルッティーフの人間が歴史を教えるべきだ」
「……反乱、おこすかもしれねぇぞ?」
「お前がそんな愚かな真似をするわけが無いだろう……?」
シルヴィオの言葉にラグリッドは豪快に笑い、その通りだと言った。
ちょうどその時。
彼らの傍に比較的大きな光の柱が出来た。
「来たか、ウェル」
「はい。お待たせしました」
微笑みを浮かべたウェルコット。
彼の足元には二人の少年が横たわっている。
「ではラグリッド。頼んだぞ」
「わかった。だが、ルッティーフにはオグダンの奴らが――」
「すぐに引き上げるよう言ってある。それまでここで待機している良い」
言葉を遮られたラグリッドはシルヴィオの言葉に苦笑し、わかったと返事をした。
「ではウェルコット。ブタブッティに行くぞ」
「え、何かあったのですか……?」
「あぁ。昨晩の爆発で人間の姿が透明になってしまってな。それを戻すよう宰相閣下直々の命令だ」
「…………もし、もしもです。わたしがあの時国全体を覆わなかったら――――」
「光を浴びた生き物すべてが、光を浴びていない生き物すべてから見えなくなっていただろうな」
そういったシルヴィオに、ウェルコットは息を飲み、目を見開く。
「大事じゃないですか!」
「そうか? 別に死傷者はいないから、対して大事ではないと思うが」
「……もういいです。あなたに問うた私が馬鹿でした。さぁ、ブタブッティに行きますよ」
ウェルコットは呆れ顔でそう言って、光の柱に飲み込まれて消える。
シルヴィオは彼の様子に肩をすくめ、ラグリッドに別れを告げて後を追った。
そして、シルヴィオたちはその問題を解決して帰宅したころには、完全に日は暮れていた。




