第四十八話
しかし、行先をファバル皇国としか考えていなかったせいか、王都から離れた場所。
ファバル皇国国境付近の町・ルッティーフに来てしまった。
ルッティーフには、隣国・オグダン王国の人間が我が物顔で闊歩し、荒れ放題だ。
シルヴィオはこの現状に顔をしかめ、民の様子を見るため、歩きだす。
彼がすれ違う人間は皆、鳶色の髪に赤い瞳をしていた。
(……オグダンの人間が目立つな…………)
この土地は本来ファバル皇国の土地でも、一つの町ではなかった。
おおよそ千年近く前。
この土地は、大陸の大半を納めていたファバル大帝国の庇護下にあった小国・ルッティーフ王国と呼ばれていた。
そして、ファバル大帝国が内部崩壊した後。
【ファバル皇国】と名を改め、国土を大幅に失ったファバルに、唯一残ることを選択した国でもある。
そのためファバルの民と違い、ここ者は皆、赤髪に金の瞳。
もしくはそのどちらかを持つ。
しかし、その赤髪か金の瞳。
両方、もしくはどちらかを持つ者とすら、すれ違ってすらいない。
不審に思ったシルヴィオは、たどり着いた広場で少し向きを変え、ファバルの方へと向かう。
この間も、ルッティーフ特有の色を持った人間とはすれ違うことはなかった。
そして、本格的にファバル皇国に入り、荒れた畑の間を進んだ。
やっと見えた建物。
そこを目指して進み、しばらくして、少し離れたところ。
赤髪に切れ長で、緑の瞳。
日に焼けた肌の、屈強そうな男性がいた。
男性は地べたに胡坐をかいて座り、隣に剣を置き、空を見上げている。
シルヴィオは、この男性に心当たりがあるような無いような……そんな気がしていた。
彼は男性が何を見ているかな気になり、と同じよう空を見上げる。
空は晴天。
鳥が一羽、翼を広げ、中を舞っている。
おまけに太陽は頭上を過ぎ、沈む行く方向にあった。
彼は見上げるのをやめ、男性に目を向ける。
「すみません、ルッティーフの人を探しているのですが、みなさん、何処へ……?」
「………………何も、しらねーのな」
男性はうつろな顔をシルヴィオに向け、酷くだるそうに言った。
「……お恥ずかしながら」
「別にせめちゃいねーよ……。悪いのは、王族だ……………」
「……………………」
うつろに言う男性の言葉に、彼は何も言えず、俯いた。
男性はそんな彼に気づいているのか、気づいていないのか分からない。
「第三皇子が居たときは……いや。居なくなる前まで……幸せだった…………。あのころまで、俺にゃぁ、娘が居たんだ……。妻も…………だがな、その第三皇子が死んで。前の皇帝が死んで……。新たに第一皇子が皇帝になった………………」
うつろな顔で、思い出すような雰囲気の男性は、再び空を見上げた。
「その二年後だ。俺の妻と、二人の娘たちは…………殺された……。俺だけ、生きちまった。俺だけ……………………」
男性は静かにそう言い、俯いたままのシルヴィオを見据えた。
「なぁ……お前。どうして生きてるんだ…………?」
「っ…………」
「王を、止めると言っていたのは、俺の聞き間違いか…………?」
顔を上げたシルヴィオを見据える男性の瞳には、嫌悪の色が浮かんでいた。
シルヴィオはその色に気づき、顔を歪め、再び俯く。
「……俺は、人間になりたかった。すべてから逃げたかった」
「…………それは、責任のある奴が言っていいことじゃねぇ………………」
「わかっている……。わかっているんだ…………すまない。ラグリッド」
「……お前が謝罪したところで、俺の家族は帰ってこない」
男性・ラグリッドは、冷たい声音で言い。
ついてこい。と短く言って歩き始めた。
シルヴィオはそのあとに続く。
「……ここだ」
しばらく歩いたところで、ラグリッドが古びた教会の前で立ち止まった。
そして、彼はシルヴィオを振り返ることなく、教会の入り口へ。
シルヴィオはそれに続いた。




