第四十七話
――一年中雪に閉ざされた国。
ティザオ王国。
この国の国境は、毒々しい緑に紫、黒、茶と言った色の木々が、ぐるりと囲んでいる。
シルヴィオは、それらの色を身にまとった木々の海を、奥へ奥へと進む。
ティザオ王国をぐるりと囲む、この木々の名はザバオル。
木そのものが猛毒である。
そのため、近づいただけでも命を蝕むものだ。
だが、この木々の長が許したものだけは、この木々は蝕むことはない。
しかし、故意に木を傷つけようものなら、長の怒りを買い、どこに居ようとも命を失う。
そんな不可思議な所である。
「おい、フェド。居るんだろ? 出てこいよ」
シルヴィオは立ち止まり、声を上げた。
しかし、周りには誰もいない。
おまけにティザオ王国の民でさえ、国外に出るとき以外、この森に近づく者はいない。
(まったく。ここが、守護者の聖域】って呼ばれてる意味が解らないな……)
シルヴィオはそう思い、辺りの木々を見渡す。
「時間が惜しい。出てこないのであれば、この木すべて切り倒すぞ?」
『…………少し見ぬ間に短気になったな。小童……』
ゆったりとした声音が響く。
それにシルヴィオが顔をしかめた。
「話す時ぐらい出てきたらどうだ、フェド?」
『私がこの姿に戻れなくなったらどうしてくれる……』
シルヴィオは声の主・フェドの言葉にため息をついた。
「ではそのまま聞け。お前、『大罪を犯した』と、言っていたな」
『それが……どうした。小童に関係はないであろう?」
「まぁ、そうだな。だが、『その代償が何だったのか』それが気になってな」
『………………小童。大罪を犯したな……?』
「答えろ。何を失った」
問う声に、彼は淡々と言う。
『……小童。人間として、初めに失ったモノは……視力だろう?」
「あぁ。犯してすぐ、人としての視力を失った」
『…………そうだろう。何より失うものは決まっていおるのだ」
「そうか。で、その失うものとは……?」
『小童も気づいておろう?』
「……人間の姿で一番思い入れのあるモノ」
『そうだ。そして、生命維持にかかわる内臓は失わない。だが、思い入れの深いモノを、人になるたびに失ってゆく……」
悲しげな声音が響き。
シルヴィオは一つ頷いた。
『しかし、犯したもの皆が、人としての姿を失うわけではない。犯した者が思い入れのあり、必要としている姿。それを失ってゆくのだ」
「……厄介だな」
『覚悟の上であろう……?』
「まぁな。で、今のお前はどちらだ」
問うシルヴィオに、フェドは重々しく『人だ』と答えた。
これに、シルヴィオはそうか、とだけ答える。
「で、まだ現象は続いているのか?」
『わからん。何せ、私は死ぬことさえ許されず、すべてを失った。……精霊に戻り、この世を彷徨うか。もしくはこのままの姿で、永劫を生きるか。そのどちらしか残されておらぬ』
「……お前は、未来永劫この国を守ることを選らんだ。そうだな?」
『…………また、あの子がやってきた……。小童。話は終わりだ。もう行け』
フェドはシルヴィオの問いに答えず、若干嬉しそうな声音の後。
木々の葉が揺れ、フェドの気配が消えた。
それにシルヴィオは苦笑して、ファバルに帰った。




