第五話
翌日、ロジャードはいつもより早く目が覚めた。
ぼんやりとした顔のまま、身を起こす。
「あぁ、ルーフとアンが、来るんだっけ」
寝起きのため、声がかすれていた。
彼は、ベットの左に設置した、小さなサイトテーブルに目を向ける。
そこには燭台と、二枚の白いハンカチと、四角い縁状に編まれた二枚のレースをかぶった裁縫箱。
彼はそれらを載せたまま、裁縫箱を手に取り、すぐ隣に置いた。
しかし、少しでもゆったりしたかったため、頭元の大きなクッションを頭元の壁に置いて背を預ける。
その格好のまま、糸を通した針でレースをハンカチの縁に縫い付けて始めた。
一枚目が終わり、二枚目が後少しで縫い終わろうとしたとき、廊下からパタパタと足音が近づいてきた。
「おはようです若様!」
頭に生える、白い兎の耳がとても可愛らしい使用人の少女が、ノックをせずに転がり込んできた。
変な敬語を使う、赤い瞳で、毛先がカールしたボブカットの十二歳の少女。
典型的な異形と呼ばれ、軽んじられる姿だ。
そのため、人間だった両親に三歳の頃に捨てられ、死にかけていたところをエルウィスに拾われた。
そんな少女は、ちらりと彼を一瞥して微笑み、「カーテン開けるです」と言って、入り口付近から開け始めた。
ロジャードは手を止め、そんな彼女に目を向ける。
「おはよう、ニコラ。今日も元気そうだね」
「はいです。ニコラは今日も元気にお仕事頑張るです!」
彼女は指までまっすぐに伸ばし、宣言するように片手を上げて無邪気に微笑む。
「無茶しないようにね」
「はいです! でも、あの、若様。寝間着とシーツを……」
カーテンを開け終え、言いにくそうにしていたニコラ。
「あぁ、もうそんな時間?」
彼女は、ロジャードの質問にコクリと頷き、ベットに近く。
彼はそんなニコラに微笑みを浮かべ、背を預けていたクッションから身を放し、裸足でベットがら降りる。
そして、縫い終わったハンカチと、その途中を裁縫道具の上に載せ、サイトテーブルに置いた。
「ニコラ。シーツとあそこの桶とその中の衣類を持って、先に洗濯しておいで。その間に着替えて寝間着を持ってくるから」
「う~……若様の寝間着を洗い場に持って行くのも、ニコラのお仕事です」
ニコラはシーツを剥いで丸め。
新しいシーツを敷きながら不服そうに言う。
「いいから、ね? 今日はお客様が来るから、仕事がつっかえてしまうよ?」
「?! そうだったです、お客様来るです!」
ニコラは彼の「お客様」の単語で、パァッと目を輝かせ、丸めたシーツを持って、急ぎ足で部屋の隅に行く。
そして、衣類の入った桶の上にシーツを載せ、次の仕事の洗濯に行った。
彼女がめったに来ないお客が来ることに浮かれ、部屋を出て行った後。
ロジャードは寝間着から、普段の服に着替えた。
それから、脱いだ寝間着を洗濯物の洗い場に持っていくため、部屋を出る。
「使用人だとはいえ……女の子の前で着替えるのはちょっとね。父さんなら喜んでやるから、ノエルさ――おっと。執事が見張ってるんだけどさ」
廊下を歩くロジャードは、慌ててノエルのことを執事と言い換えた。
実は拾われた当初、彼にお願いされたのだ。
『玄関から訪れたときは『ノエル』。それ以外は『執事』とお呼び下さい』
と、それはもう恐ろしく威圧感のある笑みで。
しかし、彼は良くわからず、一度だけ間違えて、執事をしている時の彼を、名で呼んでしまった。
これに対して執事は、お願いした時よりももっと恐ろしい威圧感をだして彼に近寄り、微笑んだ。
あれ以来、ロジャードは彼の口調や態度、服装で判断して、彼をどちらで呼ぶかを決めるようになった。
要するに、この屋敷で一番恐ろしいのは、執事のノエルだという結論に行きつく。
そして、なかなか怒らない彼を怒らせる天才で、どこか締まりのないちゃらんぽらんな当主・エルウィス。
彼は屋敷に他人が訪ねてきたり、一歩屋敷の外へ出ただけで立派な公爵の顔になる。
ただし、その立派過ぎる外面そとづらのせいで、変人と呼ばれるのであった。
ロジャードがそんなことを考えているうちに、庭の洗い場に着く。
そこは、たらいが置いてあり、その前にニコラがしゃがんでいた。
彼女の右手後ろには、シーツと寝間着などの衣類にわけられた、二種類の山。
左手側には絞られた布の入った、たらい。
彼女は袖をまくり、長いウサ耳を揺らしながら、一生懸命洗濯していた。
「ニコラ。洗濯物、増やしていいかな?」
ロジャードは手に持っている服を彼女にみせる。
「あ、大丈夫です! 任せてくださいです!!」
ニコラは立ち上がって近づくと、泡まみれの両手を差し出して微笑んだ。
ロジャードから、嬉々として洗濯物を受け取ったニコラ。
彼女はそれを衣類の山の上に載せる。
そして、再びたらいの前に座る。
「お洗濯ジャブジャブ、あ~わあ~わのぶっくぶっくのるんるるん」
突然楽しげに歌いだした。
ロジャードは、そんな彼女を微笑ましく思い、顔がほころんだ。
「そういえば。ニコラが屋敷の手伝いをしたいと言い出したのは、父さんが連れてきて二年後の五歳の時だったなぁ」
当時を思い出し、ふっと笑う。
ニコラは洗濯する手を休めず、返事をした。。
「そうですよ~。あの頃は執事さんしかいなかったです」
「確かに、執事だけだった。それに、父さんが以上に過保護だったな」
「ですです!」
洗濯物から目をそらさずに頷くニコラ。
彼女をみて、ロジャードは言った。
「ニコ、お願いだから、普通に話そう」
「ダメですぅ。ニコラは今、使用人さんで~す」
彼のお願いを満面の笑みで、却下して、顔を上げた。
「執事の真似かい?」
「はいです。でも、使用人さんは『坊ちゃん』じゃなくて『若様』って呼ぶです」
「あぁ、まぁそうなんだけど……」
「だからニコラは今、使用人さんです」
彼女はそれだけ言うとまた、たらいに目を落とし、洗濯し始めた。
ニコラの年齢がミスってます。
義妹の方から来た方。
すみません。
義妹の方が正解です。