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愚者の歩  作者: 双葉小鳥
愚者の歩
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第四話

 ついでに、過去に一度。

 今日のように扉が開閉されることなく、静かになったことがあった。

「……やばいな」

「あ、あぁ。すっごくやばい」

 ウィルロットが言った一言を、肯定するロジャード。

 二人は恐怖に歪んだ顔を見合わせ、頷く。

 そして、一刻も早くリビングに近いここから距離を置くため靴を脱いだ。

 目指すはここから遠く、リルアーの居る安全地帯。

 二人は足音を立てず、全力で走っていった。

 そのころ。

 キッチンでリルアーが鼻歌を歌っていた。

 その片手にはおたま、もう一方の手には小皿。

 彼女はその小皿を使って、でスープの味見をしていた。

「うん、よし!」 

 笑みを浮かべ、リルアーは頷く。

 そんな彼女をロジャードと、ウィルロットはキッチンの出入り口から見ていた。

 しばらくしてロジャードが彼女に声をかけた。

「母さんお待たせ。手伝うよ」

 彼らは全力疾走した後だが、息切れしていない。

 これに二人は、日ごろの鍛錬を欠かさずやっておいてよかった。と感じるのだった。

「あら、ロイド。もうすぐ出来上がるわ。だから――」

 リルアーは手にある小皿を台に置いて、微笑みながら振り返り、二人の強張った顔を見て、言葉を失った。

「お邪魔しております。奥様」

 ウィルロットが、強張った顔で、何とか笑みを浮かべる。

 リルアーも彼につられて、笑みを浮かべようとする。が、両者とも失敗。

 笑顔ではなく、ただの変顔になっていた。

 しかし、ロジャードはそんな二人を放置し、棚からスープを入れる器を三つ取りに行く。

 そして、変顔を浮かべたままの二人は、そのままの顔で話を始めた。

 見たところ、彼らの表情筋は働きを放棄したようだ。

「いらっしゃい、ウィルちゃん。

 いつも言っているじゃない、お友達の時は、おばさんでしょ?」

「あ、あぁ、すみません」

「まぁ、今日はしょうがないわよね。ところで、ノエルさんは……まさか」

「あ、あはははは……」

 リルアーの質問に、ウィルロットがわざとらしい笑い声を上げ、ロジャードに助けを求める視線を送ってくる。

 やれやれと首をすくめ、鍋の近くの台に器を置いて、言った。

「ダメだった。父さんが油を注いで、第二ラウンドにいったみたいだった。

 それより、二人はその変顔なんとかしなよ」

 笑い交じりの指摘で、二人は慌てて、変顔を元に戻した。

「エルー、大丈夫かしら……」

「大丈夫。一晩みっちり絞られて、翌日は一日中ぶつぶつ言って、落ち込むだけだよ」

「それが心配なのよ……」

 落ち込むであろう旦那を心配する妻。

 ノエルの飛び火の恐れのない、キッチンという名の安全地帯で、遠回しに静かだから良い。と本音をいう薄情な息子。

 対照的な二人を前に、ウィルロットが苦笑いし、自身の腕にあるノエルの仕事着に目を向ける。

「あの、俺、家帰ります。お袋に親父が朝帰りする。って伝えとかねぇと」

「あぁ、そうね。『迷惑かけて、ごめんなさい』ってお母様に伝えてくれる?」

「はい。もちろん」

 ウィルロットは微笑んで言い、キッチンから出て、玄関に向かわずに使用人用の通用口に向かっていく。

「ウィル。玄関はあっちだぞ」

 ロジャードが、玄関に続く廊下を親指を立てて示すと、歩き出していたウィルロットが足を止め、振り返る。

「……俺に死ねと?」

「大丈夫。ピーク過ぎたし、今はやつあたりされるだけ」

「お前、何の根拠でそれ言ってんだ」

「おバカなウィルロットって名の少年が、以前。突入して、やつあたりされ

てた」

「俺かよ! つか、あれはお前にそう差し向けられただけだ!!」

 声を荒げるウィルロット。

 対照的に小さく笑い出すロジャード。

「まぁ、もう暗いから気を付けて帰れよ」

「あ、あぁ……。おじゃましました」

 軽く頭を下げ、ウィルロットは再び歩き出して角を曲がったため、姿が見えなくなった。

「ロイド、スープだけで良い? パンもあるわよ?」

「ありがとう。スープだけで良いよ」

「じゃぁ、食べましょう」

 母子だけの遅めの夕食が始まり、それはすぐに終了した。

「さぁ、もう遅いわ。器は母さんが洗っとくから、もう休みなさい。疲れたでしょう?」

「……それは俺だけじゃなくって、母さんもでしょう?」

「あら、母さんは大丈夫よ。だって私、母親ですもの!」

 彼女は嬉しそうに微笑み、、タオルと、ぬるま湯の入った桶を渡す。

 ロジャードは、その言葉に何も言えなくなり、おやすみ。と言って真っ暗な廊下を通って自室に向かう。

(十八年前に初めての子を産むも、赤子は人さらいに遭って見つからず、生死不明。

 二人目は産まれて数日で死亡。

 三人目は流産。

 四人目は死産、だったな。

 だから、医者が体のことを考えて、子をあきらめるようにと……)

 彼はリルアーの、『母親ですもの』という一言で、この家の子になる前に、夫妻に聞かされた言葉を思い出した。

 考えこんでいるうちに、ロジャードは自室についた。

 彼はタオルを緩く絞り体を拭いて、髪をその桶で濯ぐ。

「あ、乾いたタオルがない……まぁいい」

 濡れたタオルを固く絞り、髪の水分をふき取る。

 こうして、ロジャードのあわただしい一日が、やっと終了した。



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