第三十話
「で、ですから、皇帝陛下から――――」
そう繰り返そうとした男。
シルヴィオはその男の耳元近くで、低く問うた。
「死にたいか…………?」
男はこれ以上にないほど、怯え。
崩れるよう、座り込んだ。
シルヴィオはそれを確認したと同時に、剣を離す。
そして、再び男の首に向け、見下ろした。
「今一度問う。誰の指示だ……?」
「…………ッ……言えま、せん………………!」
俯き、重々しく言葉を発した男。
このとき、シルヴィオの頭にこの男の言っている意味について、二つの可能性が浮かんだ。
一つ目は、主人を庇っての発言。
二つ目は、誰かを人質にとられている。
どちらにせよ、この男が何かを話すことはない。
むしろ死んでも口を開かないだろう。
そう、彼の頭に浮かんだのだ。
「……では問いを変えよう。お前は、我が陛下に仇なすものか…………?」
「?! そんな……! そのようなことは――……はっ!」
悲鳴のような声を上げたかと思うと、何かに気づいたのか、顔を強張らせた。
男の目線の先に、身を翻し、走りだした人物。
シルヴィオは少しだけ見えた、その人物の顔に覚えがあった。
「そうか……。案ずることはない。エルセリーネ、子供たちは良い。あの男の後を追え」
彼の言葉に、風が逃げた男の後を追った。
「さて、この中に陛下に仇なすものはいるか? 素直に名乗り出ろ。そうすれば、苦しむことなく殺してやる」
そう微笑み、剣をしまう彼に、回りの人間が恐怖を露わにした。
「まぁ。そういって素直に出てくるわけがないか……」
ため息をつき、狙われた子供たちの傍に歩いて近づく。
当たり前だが、怯えていた。
人数は六人。
その中で一番大きい金髪碧眼の男の子を中心に、その子と比べると少し幼く、顔の良く似た銀髪に瞳が翡翠の少女二人が、他の小さな子供たちを背に守るような形で彼と向き合った。
どうやらこの子達が、他の子供たちの世話をしていたようだ。
「怪我はないか?」
「………………あんた、誰……?」
口を開いたのは中心に立つ、少年。
鋭い目つきでシルヴィオを睨みつけている。
両脇の少女たちも、自分たちより幼い子らを守ろうと、必死にこちらを向いていた。
そんな三人の手は、小刻みに震えている。
「安心しろ。私はお前たちに害はなさん」
「信じられッかよ! お前らみたいなのに親も殺されて、今みたいに俺の仲間も殺されてんだ!! もうこれ以上殺されてたまっか!!」
うっすら涙を浮かべ、必死に訴える少年と、無言でも必死にシルヴィオを見据える少女二人。
この様子に、シルヴィオは罪悪感を感じ、少年の訴えに耳を貸す。
「今のようなことが以前もあったのか?」
「……あんた、何も知らねぇんだな」
「あぁ、そうだな」
「そうだなって…………あんた何者?」
困惑気味の少年の問いに、シルヴィオが困った顔をした。
「……『何者』か、難しい質問だな…………。だが、しいて言うなら、この内戦の引き金を作った者。だな……」
意図せず、痛みをこらえるかのように微笑んでしまった彼に、少年らは、困惑を深めた。
「あんたがやったんじゃないのか?」
「そうだな、私がやったと言えば、やったことになるのだろう。だが、やっていなくとも責任はある」
「あんた、王族なのか?」
「あぁ。【化け物】だがな」
「……化け物?」
「そうだ。まぁ、私が【化け物】なのはどうでも良い。ここからが本題だ。そなたらが知ってのとおりこれからの季節は冬。ファバルの冬は過酷だ。おそらくこのままであれば、そなたらに待ち受けるものは死だ。しかし、私はそなたらに生きて欲しい。……だから私と共に来てはくれぬか?」
シルヴィオはまっすぐに少年を見据え、ゆっくりした口調で言い。
その言葉に、少年達は怪訝そうな顔をした。
「俺たちが生きることで、あんたに何の得がある? どうせ俺たちを殺すんだろ」
「では、そなたに問おう。未来の皇国を担う子供を殺して、私に何の得がある?」
疑うような目を向ける少年に、シルヴィオがため息をついて問うと、少年はボソッと「変な奴」といった。
「そうだな。育ての父が変人だったからな。うつったのだろう」
「…………やっぱりあんた変だよ」
「わかっている。それで、ついて来るのか?」
「本当は俺、あんたみたいな【変な奴についてくな』って言われてんだけど――――」
少年はそういってちらっと後ろを振り返り、苦い顔をした。
「病人か……」
「あぁ。ちょっとまえから様子がおかしくて」
「ならばいい医者が居る。魔導師だがな」
フッと微笑んだシルヴィオ。
そんな彼の言葉に反応したのは、ずっとこちらを見据えていた少女二人。
「……まどうし? ねぇ、ルルク。何か解る?」
「ううん、わかんないよルルカ」
「「ねぇ。フォード知ってる?」」
「知らねぇよ!」
息ピッタリの少女らの話からして、シルヴィオから見て右がルルカ。
左がルルカ。
おそらく、というよりも確実に双子だ。
そして、二人に怒鳴った真ん中の少年は、フォードと言うのだろう。
「……とりあえず、子供の容体が知りたいんだが……」
苦笑するシルヴィオの声に、三人がハッとした様子でフォードがルルクの方に少し寄って、道を開ける。
具合が悪そうにしている小さな少年は、フォードがいた場所の真後ろに、必死に立っていた。
シルヴィオはその少年の前に膝をつき、少年の額に手を当てる。
「どこが痛いとことはあるか?」
「……わかんない……。でもあたまが、くらくらする」
少年の言葉に、シルヴィオは「そうか」と答え、額から手を離すと、少年を抱きかかえ、安心させるように微笑んだ。
「すぐ元気にしてもらおうな……。ウェル。終わったなら来い」
そういったシルヴィオに、傍に居る子供たちが不思議そうに彼を見上げた。
「ねぇねぇ、ルルク。あの人やっぱり変な人だよ」
「うん。そうだね、ルルカ」
「俺も同感……」
ひそひそと言い合う三人の声。
それらはもちろんシルヴィオの耳にも入っており、彼はわざとらしく咳払いをした。
「もちろん、終わりましたよ。それで、なにか?」
突如現れたウェルコットに子供たちは警戒の色を浮かべた。
シルヴィオはそんなことお構いなしにウェルコットに子供を見せる。
「あぁ。この子を」
「お任せください」
ウェルコットはシルヴィオに抱かれている少年の頭に手をかざす。
かざされた方の少年は、熱に浮かされた目で、ウェルコットを見上げた。
「大丈夫ですよ。ですから、少しだけ大人しくしていて下さいね?」
そっと微笑まれた少年は小さくうなずいて、目を閉じた。




