第三話
「さて、エルーはどのくらい怒られるかしら」
「母さん、楽しげにいわない」
「だって、今日のはエルーが悪いのよ? 私、怒ってるんだから」
頬を膨らませる小柄な母に、微笑む。
『だからお前は変人公爵と呼ばれるんだ!!』
突如廊下に響くノエルの怒声。
「あらら、始まっちゃった」
楽しげに声のした方を向くリルアー。
ロジャードはそんな母に呆れた。
だが、このままリルアーをほっとくと、様子を見に行きかねないため、話をそらす。
「母さん、お腹減んない?」
「お腹減った!」
彼女は、くるりと彼の方を向き、微笑む。
「じゃぁ、キッチンに行こうか」
「母さんが腕によりをかけて作るわよ!」
彼女が片腕を曲げ、拳を握る。
これに内心ホッとして、キッチンへ向かうよう促した。
――コンコン。
「ごめんくださーい」
母子が玄関を離れようとしたとき、扉が叩かれ、声がする。
「あら、お友達ね。
ロイド。母さん先に行くから貴方はゆっくりお話ししてらっしゃい」
「うん、ありがと」
彼はキッチンに向かうリルアーを一瞥し、ドアノブに手をかけ押し開いた。
立っていたのは、短い黒髪と琥珀の瞳を持つ、ロジャードと同い年の活発な青年。
ウィルロットだった。
「いらっしゃい、ウィル。ノエルさんのお迎えだろ?」
「あぁ、こんな時間にわりぃな」
ロジャードの質問に、頬を人差し指でかいて、ウィルロットは気まずそうに言って、彼の持っているノエルの衣類を受け取る。
「居るよ。でも今は――」
『それが理由になるか!』
しばらく収まっていた怒声が、廊下を伝い、玄関にいる二人の元に届く。
『なんだと! リルが可愛くないだと?!』
『この馬鹿が! お前はとうとう人の話も分からなくなったか!!』
どうやらエルウィスが、火に油を注いだようだ。
ノエルの怒声に、罵声が混っている。
ウィルロットの顔が勢い良く引きつった。
「マジか……」
「マジ。ノエルさんは今、父さんを説教中なんだ」
うなだれる彼と、苦笑いを浮かべるロジャード。
二人は、怒気を露わにしている時のノエルに、近づいたことはおろか、まともに話しをしたことがあまり無い。
「どうすんだよ。俺、親父迎えに来たんだぞ」
「とりあえず落ち着け。まぁ、入れよ。それから考えたら良いさ」
ロジャード振るえる声で詰め寄る彼に、両手を前にだし、制止しするようジェスチャーで訴える。
ある程度落ち着いた彼を家の中に迎え、静かに扉を閉めた。
「なぁ、ロイド。もう一度言うけど俺、親父迎えに来たんだ」
「解ってる」
普段同様、返答するロジャードに対し、ウィルロットの表情は強張り、暗い。
「だろ? 俺は飛び火を受けにきたんじゃない。迎えに来たんだ!!」
「うん。だから迎えに行っておいで」
彼は力説するウィルロットに微笑み、リビングを指さす。
「いや、だからな。今あそこに入ったら俺が死ぬでしょ! 昇天しちまう!!」
「いいだろ。それで」
ロジャードは彼をスパッと切り捨てて、一言。
「頑張れ」と言って、リビングとは反対方向のキッチンに歩き出した。
「なっ、良い訳あるか!」
声を荒げ、ウィルロットが足音高く、彼の後を追う。
ロジャードは、ふとノエルの怒りの原因を思い出し立ち止まる。
「あ。そういえば明日、ルーフとアンが遊びに来るそうだ」
「え? マジ?!」
彼の言葉に驚き、喜びを露わにするウィルロット。
ロジャードは自分で言っておきながら、今日のことを思い出して顔を歪めた。
「マジマジ。しかも、それ知ったの今日の午後」
これを見たウィルロットが、ノエルの怒りの原因に気づいた。
「あぁ。だからか……」
「そう。だからレティに、アンが来ることを伝えておいて欲しいんだ」
レティはウィルロットの妹で、アン――エドレイ王国第一王女。スティアナ・アン・エドレイ――の友達である。
「わかった、言っておく。しっかし、公爵様も親父を怒らせる天才だな」
「同感だ。そういえばウィルも巻き添えくらって、怒られてたっけ」
ロジャードは昔、ノエルを怒らせ、泣いたウィルロットを思い出す。
原因を作ったのはもちろんロジャードの父・エルウィスだ。
「あぁ、あれか…………」
遠い目をするウィルロットに、ところで。と、顔をひきつらせながらロジャードが切り出す。
「ノエルさん、どうする? さっきより悪化しているようだが……」
「……………………」
そう、悪化している。
通常なら、怒声や罵声と共に扉が勢いよく開閉するの音が響くはずだった。
しかし、扉の開閉することなく、今まさに静寂が訪れているのだ。
まだ続きあります。