第二十話
「シンディ?! あなたはなんと言うことを……!!」
「兄さん。嫌ですねぇ、私は事実を申し上げただけですよ? だいたい、その顔を美しいとたたえる国が解らない。誠にその体格と良い、脂肪に覆われた顔と良い。まるで食肉の豚のようですねぇ。兄上はこの豚を豚小屋で飼育なさるのでございますか?」
少し離れたところに居たイルシールに詰め寄られたシルヴィオはケロッとして笑って言う。
もちろんこれに新婦側の人間が激怒しないはずもない。
「なんと無礼な……!!」
「我が国一の美姫に向かって!!」
「王女を『豚小屋で飼育する』など……!!」
と言った声が上がっている。
「まったく。兄さんが居ながら何故こんなことになったんですか? 兄上にはエルセリーネがいるではありませんか」
「「「「?!」」」」
シルヴィオの言葉に、騒がしかった神殿内は異様なほど静まり返り、またざわつき始めた。
「シンディ。お前、エルセリーネを知っているのか……?」
驚愕の表情のゼフェロスに、シルヴィオは微笑む。
「えぇ。良く知っております」
「何故……。何故国に居なかったのに知っているんだ?」
「それは私が私だからですよ」
意味深なことを言って笑うシルヴィオ。
そんな彼に対し、一瞬ポカンとしたゼフェロスは、ハッとした様子で表情を引き締めた。
「それはどういう――」
「っ……この結婚と交渉は白紙だ! よぉいな!! さぁ、姫様お国へ帰りましょう」
ゼフェロスの言葉を遮り喚いた初老の男。
おそらく結構偉いと思われる。
ただ。身体全体を王女と同じように脂肪の鎧を身に着けている。
つまり、尋常じゃないほどに太っているのだ。
その男は顔を覆って泣いている王女に優しく声をかけ、王女とその他のブタブッティ王国の者を連れて出て行った。
必死でそれを止めようとするイルシールに目もくれずに……。
「あぁ……なんということ……。もしまた、ブタブッティ王国が攻めて来たらこの国はおしまいです…………」
顔を覆って、下を向くイルシール。
若干声が涙声だった。
ゼフェロスはと言うと、なにやら難しい顔をしている。
「兄上――いえ、陛下。実はお話が」
「どうした?」
眉間に皺を寄せたまま言うゼフェロスに、笑って世間話をするようにシルヴィオは言った。
「はい。軍の最高階級をいただきたいのです」
「「「「?!」」」」
再びの沈黙。
眉間の皺が取れ、唖然とするゼフェロスとイルシール。その他の貴族。
シルヴィオは気にせず続ける。
「今の疲弊した軍では大国と化したブタブッティ王国にはかなうはずありません」
「…………それは、『お前が戦場に立つ』と、取れるぞ?」
「はい。そのお通りでございます」
先ほどとはうって変って表情を消し、平坦な声でシルヴィオは返答する。
「そんな……。戦争はあなたが一番嫌っていたではありませんか!」
「昔の事です。必要であれば致し方ありません」
声を荒げるイルシールに、シルヴィオは無表情な顔と声で言う。
「ですが――!!」
「よせ、イルシール」
若干諦めた様子のゼフェロスを、イルシールは勢いよくゼフェロスを見据えた。
「?! ですが……!」
「良いだろう。この場をもってお前に軍を任せる。後で正式に公表する」
「な、陛下?!」
慌てた声を上げるイルシールを一瞥し、ゼフェロスを見据え、シルヴィオは片膝をついた。
「ありがとうございます」
そして、そういったかと思うと、またすぐに立ち上がり微笑んだ。
「それとこの場を持って王位も破棄します。では御前失礼いたします」
シンディはそれだけ言って、居なくなろうとした。
しかし、彼の腕をつかんだ人物がいた。
「待ちなさいシンディ!!」
「……宰相閣下。腕を失いたいのですか」
シルヴィオは自身の腕をつかむイルシールに冷たい怒気をはらんだ目を向け、怒りを押し殺すように低く言った。
「?! シン、ディ…………」
驚愕に目を見開いたイルシール。
シルヴィオはハッとして俯いた。
「二人とも落ち着け。イルシール、シンディはお前を心配したんだ。そうだろう、シルヴィオ?」
「………………すみません……。私、急いでいますので…………」
諭すように言うゼフェロスを見らずに、シルヴィオは俯いたまま神殿から姿を消した。




