第十五話
「おい、ウェル! これはどういうことだ!!」
「ねぇ! しーちゃんが私に『筋肉女』って言ったのよ?!」
シルヴィオの怒声と、女性の涙声が一緒になってウェルコットを襲った。
もちろん、二人は彼に詰め寄ることを忘れない。
「え、えぇっと……。いっぺんにしゃべられましても…………」
そう言いながら、ウェルコットは一歩後ろに下る。
この時、シルヴィオは玄関灯に照らされた彼の顔色が悪いことに気が付いた。
「よし。テファ、こいつを休ませて来い」
「?! しーちゃん……。えぇ、休ませてくるわ! それと、ご飯作ってるから、一緒に食べましょ?」
テファはそういいながら、ウェルコットをひょいっと肩に担いで小首をかしげる。
と、同時に扉が閉まり、再び薄暗くなった。
「わかった」
シルヴィオは短く返事をしてキッチンに向かい、テファは微笑みを浮かべてそれを見送り、この家唯一の階段を上り始めた。
「……もういいので、下ろしてください」
「そんなにフラフラで何を言ってますの?」
「ですから、回復魔法を使えばすぐに――」
「しーちゃんが『休みなさい』っていったのよ? うーちゃんは主人の言うことが聞けないの?」
「そ、それは…………」
「あ~ぁ。いいなぁうーちゃんは。私なんて『筋肉女』って……」
「…………………すみません……休みます。おとなしくます…………」
若干いじけたテファに、ウェルコットは力なく言うと大人しくベットまで運ばれていった。
◆◆◆
さて、二人が階段で問答し始めたころ。
シルヴィオは広くもなく狭くもない。
そんな母・ディティナとの幸せな思い出の詰まった家のキッチンにいた。
キッチンは月明かりに照らされているだけで、とても薄暗い。
「懐かしいな。母上は料理があまり得意ではなくて、それを克服する努力をしていたな。いつも母上が作ったものだけ真っ黒だった」
思い出に浸る彼の顔つきは、とても優しく、口元には微笑を浮かべていた。
シルヴィオは、ゆっくりした足取りで奥に進む。
「このテーブルの丸い変色。母上が冷めてもいない鍋をそのままおいて、それを見たフィーダが激怒して母上に怒鳴り散らしていた」
本当に懐かしい。そう静かに呟いたシルヴィオ。
そしてふと、壁にかかっている鍋に目を向け、小さく笑った。
「あぁ、あれだな。机の変色に、母上がしょっちゅう小さなやけどを作っていた鍋は」
「そうですわ。だから母は、あの鍋をどこかに隠してしまおうかと、本気で悩んでいたわ」
背後から聞こえた静かな声。
シルヴィオはゆっくり振り返る。
「テファ。ウェルコットを運び終わったのか?」
「えぇ。ちゃんとベットに入れて来たわよ」
「そうか。なら良い」
シルヴィオはスッと目をそらし、窓に目を向けた。
柔らかな光に照らされた庭。
そこには畑ではなく、薄桃色の蕾を着けた花が植えられた花壇があった。
「まだ残っていたのか」
「えぇ。奥様がお好きだったお花だもの。必死に探して植えたの」
話がかみ合っていないな。そう思ったシルヴィオ。
しかし、そのことを嬉しそうなテファには言えなかった。
「そうか……。そういえばテファ。フィーダを見ないが、どうしているんだ?」
「…………母は、三年前に………………」
「……人間はあっけないな」
「えぇ、あっけないの。だから皆必死に生きている。そうでしょう?」
優しい声音で言うテファに、シルヴィオは軽く目をみはり、フッとわらった。
「あぁ、そうだわ! 早くご飯にしましょ? 覚めちゃうわ」
テファはそういって、シルヴィオの横を通って食事の用意を始めた。
シルヴィオは思った。
これがムキムキの筋肉女でなければ、と。
(てか、なんで顔は昔のままなんだよ……顔と体が一致してねぇから)
この後、シルヴィオが深くため息をついた。




