第十四話
そして、先に目的地に移動したシルヴィオ。
彼の目の前には、木々に囲まれたこじんまりとした家。
家の中の明かりはともっていない。
唯一玄関の入り口を照らす、玄関灯だけが明るい光を放っていた。
もちろんシルヴィオの予想通り、色とりどりの花々が咲き誇っていた庭は、綺麗に手入れされた畑と化していたが……。
「あいつらしいな……」
そうポツリといって笑うと、煉瓦の敷かれたアプローチを進み、玄関灯が照らす玄関のドアノブに手をかけた。
扉は静かにきしむ音をすら立ずに開き、薄暗い玄関が彼を迎える。
玄関入ってすぐのところ。
触れると折れてしまいそうなほど細い茎に支えられた、花が活けてあった。
(この花。テファに似ているな……。可憐で儚げでありながら、しっかりとその姿を保っている。あいつはそういうやつだからな)
懐かしいという感情と、安堵感が彼の胸に広がる。
(さて。明日も早い、寝るとするかな……)
しばしの間、花に見惚れたあと、彼は自身の寝室に向かうべく、歩き出した。
「ホントに、しーちゃん、なの…………?」
突然聞こえた女性の声。
シルヴィオは慌てて声のした方を振り返り、驚愕のあまり目を見開いた。
「……なん、だと…………?」
信じられないと言った様子の彼の前に、玄関灯の照らされる人影。
逆光により、細部までは見えないが、見るまでもない。
何故ならその人影は、女性にしては身体の筋肉と言う筋肉が盛り上がっていたからだ。
この時。シルヴィオは切に願った。
この人物が彼の知る、テファでないことを……。
しかし、その人物はじりじりと、彼との距離を詰める。
それに合わせ、シルヴィオもじりじり後退した。
「ホントに。ホントに、しーちゃんなの? いいえ。しーちゃんよ……。そうよ、しーちゃんだわ! しーちゃぁぁぁん!!」
「うわぁぁぁあぁ!!」
泣きながら突進してきた、筋肉ムキムキの女性(仮)。
シルヴィオは絶叫しながらそれを回避。
「誰だお前!」
「ひどいわ、しーちゃん! もうちょっとで壁にぶつかるところだったのよ!!」
「知るか! 俺は『誰だ』と聞いたんだ!!」
「ひどいわ、ひどいわ! 小さいころはテファ、テファっていって私に駆け寄って抱き着いて来てくれたのに!!」
「俺はお前のような筋肉女は知らん!」
「『筋肉女』だなんて、なんでそんな酷いこと言うの?!」
「だから俺はお前のみたいな奴は知らねぇんだよ!!」
「ひどぃ。ひどいわ……。私を知らないなんて…………。私は、私は……一時もしーちゃんのことを忘れたりしなかったのに!!」
そういって女性(仮)は顔を手で覆って泣き始めてしまった。
(……まさか、ウェルコットが『会えば分かる』と言っていたのはこのことか?)
シルヴィオは顔を覆って泣く、女性(仮)に目を向ける。
先ほどは逆光でみえなかった姿が、玄関灯の明かりで見ることができた。
彼女(?)はシルヴィオにとっては見覚えのある白銀の髪で、それを後ろで一つにまとめていた。
だが、問題はそれではない。
なぜなら、彼女(?)が身に着けている衣類。
それはファバル皇国の者ならば誰しもが身に着けているものである。
今、シルヴィオが身に着けている洋服の袖と、変わらない形の袖に腕を通し、右前合わせで、紐を使って腰でまとめて着用するものだ。
ただ、それは本来であれば、の話。
シルヴィオの目の前にいる人物が身に着けている衣類は、本来あるはずの袖は無く、前合わせのはずが布が足りず、上半身は前開き状態で紐でまとめられていた。
(その姿は、女性としてどうなんだろうな……胸とか)
ふとそう考えたシルヴィオ。
つまり彼は、目の前の人物が女性に分類することに決めたことを意味する。
そして、泣いている彼女をどう扱ったらいいのかわからないシルヴィオが、腕を組んで悩み始めたとき。
玄関の扉が開き。
体力ギリギリのウェルコットが、ふらつきながら入ってきたのだった。




