第十三話
その後。
シルヴィオが姿を現したのは、ファバル皇国歴代皇族が眠る墓場。
彼はその中の、第十四代皇帝と書かれた墓標の前で立ち止まった。
「お久しぶりでございます。伯父上」
誰もいない、不気味なほど静まり返った場所に彼の声が響いた。
「シルヴィオ・レファニア・ファバル。ただ今戻りました」
そういって、片膝をつき、目を閉じて首を垂れ、亡き皇帝に礼をとった。
無言の懺悔の言葉と共に。
そして彼は、黄昏までその姿でいた。
「シルヴィオ様。いつまでそのお姿でおられるおつもりですか?」
後ろから、やや呆れ気味に声を掛けられ、シルヴィオはゆっくり立ち上がり、振り向いた。
「……終わったのか、ウェルコット?」
「建物だけではございますが……」
「それでいい。草木はお前がすべきことではないからな」
「はい。それで、シルヴィオ様。お母君様にはご挨拶に向かわれますか?」
微笑を浮かべるウェルコットに対し、シルヴィオは苦く笑った。
「どの面下げて、この国を誰よりも愛しておられた母上に、挨拶しろと言うんだ?」
「それは……」
「俺はな、母上の愛されたこの国を見捨て、自分自身の勝手な言い分をとった。この国が他国に侵略されつつあるのは俺のせいだ。だから、母上の墓前に立つ日は、この国を完全に取り戻し、民に笑顔が戻った時だ」
「シルヴィオ様…………」
真剣な表情のシルヴィオに、ウェルコットは一瞬、痛ましげに顔を歪め、ゆっくり瞬きをして微笑む。
「……ウェルコット・オルバーナ。お前のその力。俺の願うままに振るってくれるか?」
シルヴィオの言葉に、ウェルコットは先ほどまで彼がとっていた姿勢で言った。
「もとよりそのつもりでございます。我が主」
「すまない」
彼はウェルコットに立つように促す。
そして、下を向いていたため見えなかった彼の顔には、先ほどと変わらない微笑が浮かんでいた。
「さんざん私をこき使っておきながら、何を申されます……」
「それもそうだな」
シルヴィオは小さく笑い、目をそらす。
そんな主に対し、ウェルコットが小さくため息をついた。
「まぁ。頼りにされているということにしておきますよ」
「……そうしてくれ」
シルヴィオはそういって、深いため息をつく。
それからしばらく沈黙が降り、ここが墓場だということを彼が思い出した時、ウェルコットが言った。
「あぁそうそう。ティルファにはお会いになられましたか?」
「ティルファ? 誰だそれは」
ウェルコットのいった『ティルファ』と言う名は、シルヴィオの頭の中には無い。
そのため、彼はあまり考えずに返答した。
「え? ティルファですよ? シルヴィオ様の乳母の娘だったと思いますが?」
とても不思議そうに言うウェルコットに、彼は呆れた様子で言った。
「…………テファだろ……?」
「それは彼女の愛称です」
「………………………………」
はっきり言ったウェルコットに、彼は沈黙し、目をそらした。
「……まさか、知らなかったなどと申されませんよね?」
そんなことはないだろうと言った様子のウェルコットに、彼はしばし考え、別の言葉で答える。
「そうじゃない。覚えていなかったんだ」
「………………まぁ。どちらでも良いですが、彼女を見ても驚かないでくださいませね?」
若干疑いのまなざしをウェルコットから贈られたが、シルヴィオは見なかったことにして、彼が言った意味深な言葉の意味を問う。
「何故?」
「……会えば分ります……。それに、彼女はシルヴィオ様のお屋敷に住み着いております」
ウェルコットがそういうと頭を抱えた。
よほど件の彼女に頭を悩まされている様だ。
「そうか……。で、あいつは元気か?」
「…………会えば分ります……」
疲れた様子で言ったウェルコットに、シルヴィオは笑った。
「庭が畑になっているだろうな」
「えぇ。申し訳ございません」
申し訳ないといった様子のウェルコットの肩に手を置いて、すれ違う。
「気にするな。じゃぁ、会いに行ってやらねぇとな」
シルヴィオは墓地で唯一の出入り口に向かって歩き始めたとき。
ウェルコットが言った。
「…………あの、歩いて行かれるのですか……?」
「当たり前だろ? 何言ってんだよ」
不思議に思ったシルヴィオは、ウェルコットの方を振り向く。
と。彼は驚愕の表情で固まっていた。
訳が分からず、シルヴィオが眉をしかめたとき。
ウェルコットは言いにくそうにいった。
「………………移動されないのですか……?」
「しているだろう?」
シルヴィオには彼の言いたい意味が解らなかった。
第一、出入り口に向かっているのだから、移動していることに間違いはない。
なのに、だ。
ウェルコットの表情から、戸惑いが消えず、彼はそのまま目を泳がせていた。
「いえ、ですから……」
「…………………………」
「…………………………」
なんだと言いたいが、堪えて、ウェルコットの言葉を待つが、彼は一向に口を開かない。
(大体何故、こいつは『移動しないのか』と聞いてきたんだ? しているだろう)
そう考えて、彼はふと気がついた。
今は本来の姿。
つまり創造主による呪いを受けていない異形。
そのため、異形としての力が使えるため、化け物に近い。
そして何より彼には、空を飛翔する翼はないが、行きたい場所や行ったことのない場所に、一瞬で行くことができる翼がある。
つまりこの王宮から、母と共に幸せな幼少期を過ごし、戦争の武勲として与えられた館に行くとことなど、造作ないこと……。
「………………あぁ。そうだったな」
やっと思い出したことに納得したシルヴィオに、ウェルコットが若干引きった笑みを浮かべて問うた。
「まさか、忘れていたなどと申されませんよね?」
「…………人間長いと色々ある……」
じとりとみてくるウェルコットから、シルヴィオはサッと目をそらす。
そんなシルヴィオをみて、ウェルコットがため息をついていった。
「シルヴィオ様は人間ではないでしょう?」
「……あのなぁ、俺は二、三日前まで人間やってたんだ。だからそんな些細なことなど忘れているに決まっているだろう。移動手段はもっぱら足か馬。馬車だぞ?」
「…………通りで、あなたが宝物庫まで走っていかれたのかが解りました……」
苦笑いするウェルコット。
シルヴィオは暫し沈黙。
「見ていたのか……」
「えぇ。誰か様が私に、修復を押し付けていなくなったのでね」
そういってギロリと睨まれたシルヴィオは、すかさず目をそらし、ポツリといった。
「……済んだことじゃねぇか」
「えぇ。済んだことです。ですが、魔力は無尽蔵の私でも、体力がその分ありませんのでねぇ……なんど倒れそうになって、回復のために少ない体力を使ったことか…………」
比較的小さな呟きを拾ったウェルコットがそういって、ふぅと疲れた様子でため息をついた。
(相変わらず耳は良いようだ。まったく、めんどくせぇ……)
シルヴィオはそんな彼を見て、胸の内で愚痴ると、口を開く。
「そうか。まぁ、生きているんだからいいだろ。話は終わりだ。行くぞ」
そして、彼はその場から姿を消した。
残されたウェルコットは小さく笑って、軽く落ち込んだ。
「………………そういう人でしたよね。シルヴィオ様は……」
しばらく落ち込んでいた彼は、気持ちを切り替え、シルヴィオの後を追うため、体力をギリギリまで使うのだった。




