第二話
「坊ちゃんが厭きたとおっしゃられていたので」
と言われ、「あぁ、地獄耳だったか……」と舌打ちしそうになったがおさえ、彼は執事に言った。
「厭きてないよ。
ただ、紅茶に入れたりパンに塗るとかじゃなくて、別の食べ物に使うことはできないかと思っただけ」
と、弁解になっていないような気もしたが、言わないよりはマシだろうと、彼は言ったのだ。
実は彼、苺が好きではない。
このことを知っているのは、執事の息子で、ロジャードの友・ウィルロットだけ。
ロジャードは加工されたジャムならばと、食べていたが、好き嫌い以前もうこりごりだった。
が、執事がせっかく作ってくれたクッキー。
それを食べないわけにはいかないと、一つつまんで口に入れた。
口の中でふわりと苺ジャムの香りと味が広がる。
「いががでしょうか、坊ちゃん」
「うん、おいしい」
「然様でございますか」
嬉しそうにまた微笑む執事。
彼は内心もういいと思ったが、一つまみでは不審に思われるといけないので、食べ終わってまた一つつまむ。
「あぁ、そうだ! 明日兄貴の子供が遊びに来るんだった」
ラブラブオーラ全開の、二人の世界から帰ってきたエルウィスが言った。
「え………………?」
「?!」
リルアーが大きな目を見開き、執事は驚きのあまりあんぐりと口を開け、絶望の表情で固まっていた。
こんな二人を前にロジャードがエルウィスに言えること。
「……父さん。それはもっと早く言いましょう」
こうして午後の優雅なお茶会は、当主の発言で強制終了。
明日、二人の王族を迎えるため、公爵一家と少ない使用人は、普段手の回らない客間からなんやらを掃除し始め、すべてが終わったのは空が藍色にかわってしまう頃だった。
屋敷の大掃除がやっと終わり、リビングに集まった使用人。
「皆お疲れ~。帰ってゆっくりねぇ~」
彼らを前に、この原因を作った当主はへらへら笑っていた。
使用人たちはその言葉を聞き、疲労の濃い顔で公爵家一家に頭を下げ、逃げるように部屋を出ていく。
その原因は、普段笑みを絶やさず、温厚で乙女チックな趣味の持ち主の執事。
そんな彼が無表情でエルウィスに、無言の圧力をかけているせいだ。
ロジャードも使用人たち同様、早々にここを後にしたかったが、下手に動くと執事の飛び火を受けかねない。
その根拠は、以前。
関係ないからと部屋を出ようとしたとき、この執事からねちっこく、愚痴を聞かされた経験があったせいだ。
そのため、話好きのリルアーも口を開こうとしない。
例え、公爵ともあろう人間の頭に蜘蛛の巣が乗っていて、その巣にまだ蜘蛛が居ようとも……。
「旦那様。後でお話がございますので、少々お時間よろしいでしょうか?」
執事はいつもどうりの声音と、微笑みを浮かべ、エルウィスに言う。
ただし、目がこれっぽっちも笑っていない。
このことにやっと気づいたエルウィス。
「え、あははー。もちろんさー」
不自然極まりない棒読みで、窓に向かおうとする。
それを執事は逃がすはずもなく、彼の肩に手を置く。
「まさか、逃げようなどと、考えてはおられませんよね?」
「え、えぇっと…………」
執事は、肩に手を置かれただけで挙動不審になったエルウィスに、ゆっくりと言葉をかけた。
しかし考えるエルウィスを前に、表情を消す。
彼はエルウィスの足を払って抑え込むみ、手早く両手両足を縄で縛って床に転がす。
(あの縄、どこから出したんだろう。つっても、教えてくれるような人じゃないか)
ロジャードの頭にそんな疑問が浮かんだが、自己解決して見なかったことにした。
「旦那様はあのままで」
執事はいつもの笑みに戻ってリルアーとロジャードに言う。
二人は壊れた人形のように頷いた。
((あの縄解くとか絶対無い!!))
心の中で同じことを母子は叫んだのだった。
「では、行きましょうか」
執事はリビングを後にしようとしてるので、ロジャードとリルアーはついて部屋を出た。
そしてそのまま向かったのは玄関。
執事は鍵を開ける、「すぐに参ります」といって使用人用の出入り口に向かっていった。
「やっぱり、怒ってたわね」
「えぇ、恐ろしいほどに……」
母子ははぁ。と深くため息をつく。
その時、玄関の扉がノックされた。
「はい。今開けます」
ロジャードが扉に向かって声を掛け、開く。
そこにいたのは右腕にジャケットとベスト、蝶ネクタイを持ち、シャツの第二ボタンまで外した姿の執事。
「あぁ、悪い。邪魔する」
「いいえ。どうぞ、たっぷりやっちゃってください。ノエルさん」
昼間とは打って変わって口調が違う、執事・ノエルをロジャードは迎え入れた。
それから彼は、執事の右腕にあるジャケット類を受け取る。
「すまん。頼んだ」
苦笑いを浮かべ、ノエルは当主を転がしたリビングへと向かっていった。
続きます。