第十二話
「まぁ! シルヴィオ様、怒りという感情は体に悪うございますよ?」
「黙れこの馬鹿女! 元はと言えばお前のせいで俺がこの国に帰ってくる羽目になったんだろうが!!」
シルヴィオは感情に任せ、後半を一息で怒鳴り散らした。
もちろんこの声も広く響き渡った。
駆けつけない衛兵などいない程に。
「何奴! 名を名乗れ!!」
大勢の衛兵が二人を取り囲むように展開。
その中で一番に駆け付けた衛兵が怒鳴る。
「おい。お前のせいだぞ」
「あら、私のせいではありませんわ。大きな声を出したのはシルヴィオ様でしょう?」
いかにもめんどくさそうなシルヴィオに、エルセリーネは小さく笑って言った。
「あぁ? ふざけんなよ?」
「なんですの? その姿では目が見えていないあなたが、私に勝てるとお思いですの?」
鼻で笑って、小馬鹿にしたように言うエルセリーネ。
そう。
今の彼は人間なのだ。
そして、彼女の言うように彼の目の前に広がるものは、闇だけだ。
「……ッチ…………黙れ」
「いいえ、お静かになさるのはシルヴィオ様の方ですわ」
「…………………………」
シルヴィオは、はっきり言い切った彼女に向ける言葉が見つからず、沈黙した。
「知っていらっしゃったのでしょう? 運命の輪を捻じ曲げることが重罪だということを」
そう、重々しくいった彼女をシルヴィオは一睨みして、踵を返した。
まるでお前には関係のないことだと言わんばかりに。
「…………他言無用ぞ……」
シルヴィオは背を向けたまま、その場にいる者たちにいうと、しっかりとした足取りで廊下にもどり、壁に手を着いた。
そして彼はそれから手を離し、壁に沿って歩き始める。
「シルヴィオ様、お待ちください!」
エルセリーネの声に、シルヴィオは歩みを止め、振り向かずにいった。
「…………なんだ、まだ何かあるのか……?」
「はい。私もともに――」
「いらぬ。貴様は息子と戯れておれ」
彼女の言葉を遮り、彼は再び歩き出した。
この様子に、エルセリーネは慌てて彼の名を呼んで、足音を立てて追いかける。
「お待ちください! 危険でございます!!」
「…………黙れ。ついて来るな」
「いいえ! この状態のシルヴィオ様お一人で行かせるなど、私には無理でございます」
はっきりと言い張ったエルセリーネに、シルヴィオは深々とため息をつく。
そして、あきらめた様子で勝手にしろと言った。
「えぇ。勝手にさせていただきますわ!」
エルセリーネはそういうと、シルヴィオの背に手を触れ、一瞬後。
姿を消した。
同時に、シルヴィオの容姿もシルヴィオ本来の姿へと戻り、光も戻った。
「ッチ……ふざけた真似を」
シルヴィオは忌々しげに言うと、振り返り、衛兵に目を向けた。
「死にたく無くば、今見たものすべて、忘れよ。散れ」
「「「「?!」」」」
大勢が驚きを露わにし、困惑の表情でシルヴィオを見ていた。
シルヴィオはその様をみて、口元に笑みを浮かべ、消えた。
そのとき彼が浮かべた笑みを見ていた者たちは、言葉にできない恐怖に震えていた。




