第七話
「シルヴィオ。あれをちゃんと回収して、処分して下さいね?」
「…………いつかな」
「わかりました。今すぐ回収してきなさい!」
正面を向いていたウェルコットは、首をひねってシルヴィオに声を荒げた。
その様子にシルヴィオは小さく笑う。
「別にいいけど、暴発した時がやばいぞ?」
「暴発しないんじゃなかったんですか」
「もしもだ」
「…………その確率があると?」
こちらを向いたまま、ウェルコットは張り付けたような笑みを浮かべる。
シルヴィオはそんな彼にかまわず、口調を砕けさせた。
「もちろん! でも大丈夫。俺は死ぬまえに逃げるから!!」
親指を立ててニカッとわらったシルヴィオに、ウェルコットが冷笑を浮かべ、手を下ろして振り向いた。
「……残念。私も死にませんよ?」
「だろうな。空間操作と移動はお前の十八番だもんな」
声を立てて笑うシルヴィオに、ウェルコットは大きなため息をついたのだった。
「ですが、過去に干渉することは無理ですよ。と言うより禁忌です」
困ったように笑うウェルコットに、シルヴィオは表情を引きしめた。
「……だが、禁忌を犯してまで守りたいものがあれば、話は別だ」
「? どういうことで――」
ウェルコットがシルヴィオに問いかけようとしたとき、早送りされた扉のひらく音がこだました。
そして、尋常じゃないほど速い動きで現れたのは、肥えた男。
その男はパパッと宝物庫内を見て、シルヴィオとウェルコットをすり抜けた。
途中。男は辺りの宝物に触れ、いやらしい笑みを浮かべると、奥に映っていた小さな木箱に向かっていった。
男はそれを開け、中から指輪を二つ取り出して宝物庫から出て行く。
「ウェル。あれは誰だ?」
「シルヴィオが炙り出そうとしている男の一人。ウバット男爵です」
「そうか。だが、盗まれたのは指輪だけではないな」
「はい。他にも盗まれていますね」
ウェルコットは頷くと、「もっと早くします」と言って、今度は手を突き出さずに言った。
それと同時に、先ほどより映像が少しだけ乱れた。
すると、またすぐに肥えた男・ウバット男爵が現れ、今度は入り口付近にあった小さな金の像を懐に入れて出て行った。
次に現れたのは、ウバット男爵と見間違うほど、同じ体格をした男。
ウェルコットが「ナンダ子爵です」と言った。
そのナンダ子爵の後ろに、ガラの悪そうな男が数名。
ナンダ子爵はその男たちに一番大きな金の像を運び出させ、ウバット男爵同様。
シルヴィオとウェルコットをすり抜け、奥の(指輪が二つを持ち出された)木箱を抱えて出て行った。
「…………衛兵は何をしてたんだ……」
黙って見ていたシルヴィオは、男爵と子爵の行動に頭を抱えた。
「シルヴィオ、過ぎたことを言っても始まりませんよ」
「分かってるさ」
シルヴィオはため息をつき、やることが増えた……と愚痴る。
そんな彼にウェルコットは苦く笑い、俯いた。
二人のいる静まり返った庫内。
その全面に広がり、早回しで進んでいる過去の立体映像。
現実を直視したくなくなったシルヴィオは、これからのことを考えることにした。
その間も信じたくはないが、人の出入りと共に宝石や宝物はどんどん減っている。
このことにシルヴィオは呆れ果てていた。
「殿下。突然なのですが、一つ。お聞きしていただきたいことがございます」
俯いていたウェルコットが、突然真剣な様子で顔を上げた。
シルヴィオは彼の様子に、まだこの国は他に腐敗しているところがあるのかと、背筋が寒くなりつつ、ため息交じりに行った。
「…………聞く……」
「ありがとうございます。実は、私がファムロードを出た理由なのですか、その……殿下に言ったのは作り話です」
「……作り話って……そんなことかよ! 脅かすなよな!!」
身構えて損したとばかりに怒鳴シルヴィオ。
ウェルコットはそんな彼に驚愕を露わに、絶句。
「まったく、変なこと言うなよ。キャラが完璧に崩れたじゃねぇか。これ戻すの大変なんだからな……」
若干すねた口調になったシルヴィオ。
放心状態のウェルコットは、彼のキャラなどどうでもよかった。
「……『そんなこと』って…………」
「なんだよ。お前が初めにいっただろう? 『貴方が何者であろうが構わない』と。違うかよ?」
「っ…………違いません……」
現実に戻ってきたウェルコット。
そんな彼にシルヴィオは笑って言った。
「だったらいいじゃねぇか、んなもん。俺だって、お前が何者でもかまやしねぇ」
「……そうですか、そうですよね。私だって、シルヴィオがうん千万年生きる化け物だったとしても、いろいろやってあなたの傍に居ますよ」
満面の笑みのウェルコットに、シルヴィオは引きつった笑みを浮かべた。
「それはそれで怖いな……。お前、もう結構年なんだから結婚して所帯持てよ」
「失礼ですね。まるで私が三十路を超えてるみたいじゃないですか……」
眉間にしわを寄せ、ウェルコットはシルヴィオを睨む。
しかし、睨まれた本人は肩を震わせ、笑っている。
「でも近いだろ?」
「まだです!」
怒鳴ったウェルコットに、シルヴィオは必死に笑いを堪え。
ウェルコットはそんな主に顔をしかめた。




