第一話
ここは人間と『異形』と呼ばれる者たちが、共存する世界。
しかし、『異形』と呼ばれる者たちは、人間からの迫害を受けていた。
そんな中、少数の国々が異形と呼ばれる者たちに、人間としての当然の権利を与え、臣民として迎えた。
これに影響を受けた、国々の人間たちの中から、「外見が違うだけでは?」と声が上がる。
そして、打ち消すかのごとく「『異形』は人間ではない、化け物だ」と声が上がる。
一進一退を繰り返す、異形は人間か否かの議論。
とある国の王が議会を無理やり納得させ、『異形』を臣民に認めた。
王の名は、レイザイオン・ウェドー・エドレイ。
かの王が納める国の名は、エドレイ王国。
エドレイ王国は四季があり、緑豊かで美しく、臣民は皆、黒髪という特徴を持っている。
この国の一部の領地を預けられた、現王の弟で公爵の地位を持つ、エルウィス・セメロ。
彼は生まれながらの美貌と、コバルトブルーの瞳を持つ。
さらに、頭の回転が速く、剣術に長けているため、軍の重鎮をしている。
その反面、世間では変人公爵と名高い。
理由は、公爵家の夫人が没落した男爵家の娘で、流れ者の少年を養子にして溺愛。
さらに、罪のない使用人を首にし、代わりに異形を使用人として雇う。
招待されたパーティをドタキャン。もしくは「行かない」と一言だけ書かれた文を寄越す。などなど。
原因が様々だ。
そのため、公爵家には王家からの強制参加のパーティの招待状しか来なくなった。
王であり兄である彼は、弟が夫人と婚約したばかりの十六年前。
彼に「公爵家以前に、王の弟としての振る舞いをしろ」と、言った。
しかし、この弟。
「解りました。では、私は国を出ます。それでは」
と、怒気にゆがんだ笑みを浮かべ、踵を返すと、そのまま婚約者との駆け落ちを実行した。
嫌な予感がした兄は、弟の後を追って公爵邸を訪れ、まさにそれを目撃。
兄は自身の非を認め、必死に引き留めて詫びる。
この当時、軍事国家を企む軍上層部を、彼が炙り出していた。
そのため、彼を失うことは国を失うに同義。
必死の兄に対し、弟は笑みを浮かべ、
「じゃあ、俺のやることに口出しすんじゃねぇ」
と、敬語を投げ捨てて地を這う程低い声音でいったのだ。
あれから、兄はそんな弟の私生活に口出しすることはなくなった。
★★★
セメロ公爵邸テラス。
お茶の時間。
公爵家当主、エルウィスが長椅子でくつろぎ、お茶のセットが置かれた机を挟み、正面の長椅子に黒髪長髪で、優しげな目元をした、スカイブルーの瞳の青年。
中性的な顔立ちと、体つきの彼。
彼の名はロジャードという。
ロジャードの手には、針と白いハンカチ。
端には白兎が一匹ちょこんと座っており、寄り添うように黒兎が途中まで刺繍されていた。
ロジャードは、公爵夫妻に拾われる前のすべての記憶がないが、夫妻はそんなこと気にしない。
それが彼にとって救いだった。
「エルー、ロイド。クッキーよ」
公爵夫人のリルアーが長い黒髪を揺らし、琥珀の瞳を細めてエルウィスとロジャードの愛称を呼んで、ひょこりと小柄な姿を現す。
手には、お手製の焼き立てクッキーの乗った皿。
「待ってたよ。リル」
エルウィスが笑みを浮かべて立ち上がり、彼女のそばに行くと、彼女の持つ皿から、クッキーを一つつまむ。
「どう? おいし?」
「あぁ。とってもおいしいよ」
小首をかしげるリルアーに、エルウィスが微笑み言う。
ロジャードは軽く呆れ、いつものことだと目をそらし、黒兎の刺繍を続けた。
夫妻はそのまま、二人の世界に入っていちゃつきだす。
「坊ちゃん。お茶菓子をどうぞ」
二人の濃い、ラブラブオーラが充満するテラス。
丁度テラスにやってきた、たれ目の、公爵家唯一の執事が机に菓子を置く。
ほのかに苺ジャムの匂いがした。
「これ母さんのジャム?」
「えぇ。奥様と考えてクッキーに」
「あぁ、そうなんだ……」
感心げの表情のロジャードに、執事は「はい」と嬉しそうに鳶色の瞳を細め、微笑んだ。
実は先日まで、公爵家の食事には必ずこのジャムが出てきていた。
理由は簡単。
リルアーが領民から大量に苺をもらったため、執事に手伝ってもらってジャムにし、それを夫妻そろって気に入ったためだ。
初めこそ良かったが、毎日続くジャム攻めは、いつしかロジャードに苦痛を与え始める。
彼は食事を用意をし、ジャムを作るのを手伝った執事に言うわけにもいかず、我慢していた。
だが昨日、覚醒しきれていない頭のせいで口を滑らせ、ぼそりと「またジャムか」と言ってしまったのだ。
ハッとして辺りをうかがい、離れたところに母と執事がいたので安心した。
が、昨日は母は朝食以降から軽く凹んでおり、パタリと例のジャムが出てこず、今朝の朝食にも昼食にも、出てこなかった。
不審に思い、昼食をとった後に執事に聞いてみた。
まだあります。




