表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愚者の歩  作者: 双葉小鳥
愚者の歩
25/185

第二十三話

 しかし、彼はその約束に頷き、それを破ってしまったときのことを考えた。

(きっとこの子はそれを信じて待ち続ける。でも、それはかわいそうだ……。だから――)

「ありがとう。でも、ごめんね。それは無理なんだ」

 ロジャードはそういって、困ったように笑った。

 しばらく反応がなかったニコラは、徐々に顔を下に向け、小さな声で「ばか」といった。

 しかし、ロジャードには良く聞き取れず、聞き返そうと口を開いたとき。

「お兄様のバカ! もう戦場でもどこにでも行っちゃえ!!」

 そう言って走り去ったニコラは涙をためていた。

「ごめん、ニコ。でも俺にとってこれは――」

 ロジャードはそこまで言いかけて止め。

 文机のところに行くと、燭台を置いて椅子に座った。

 そして、その文机の引き出しから封筒と便箋を。

 机上からペンとインクの載った台を引き寄せた。

 彼は燭台の灯りを頼りに、白紙の便箋にペンを走らせた。

 ――翌朝。

 起床したロジャードは用意を済ませ、自身が書いた手紙を引き出しにしまった。

 そして彼は別れ際に、戻ってこれなかった時のことを考え、すべてに『ありがとう』と『さようなら』を告げる。

 彼の言葉に涙を流し、怒りをあらわにする者もいた。

 それだけでなく。

 別れを告げたはずの者たちに『絶対に帰ってこい』と言われ、彼は曖昧に笑った。

「おい、ロイド。置いてかれっぞ」 

 ウィルロットが馬上から言った。

 ロジャードはそれに返事をして自身も馬に乗り、大勢の人々に見送られる、東の国境へと向かう隊の後を追う。

 思い出したくも無かった過去の記憶と共に。

(俺はセメロ公爵夫妻に拾われ、夫妻の子供となったロジャード。過去など知らない。俺は今、守りたいものがある。いや……絶対に守る)




 ――半年後。

 エドレイ王国と同盟国のナフェオ王国が、圧倒的に不利で、大勢犠牲者を出した戦争。

 それは、宣戦布告したロンダーナ帝国と、それに加担したアザイド王国、オバオン王国。

この三国の王侯貴族、軍上層部すべての人間が一夜にして何者かに惨殺された。

勢いを無くした三国は、和平という形で戦争に幕を引いた。

 殺された犠牲者の中には乳飲み子から、幼子、老人。

 中でも妊婦は一瞬のうちに殺され、腹の子まで殺されていた。

 目の前で主を失った従者とメイドたちは、口をそろえて『犯人は一人だけだった』と答え、犯人の姿を答える。 

『波打つ長い金の髪に、血のような瞳で、黒い片翼の化け物だった』

 と。そして、このことは周辺の国にも流れ、エドレイ王国とナフェオ王国に和平や、同盟を申し込む国々が続出した。

 だが、件の話に該当する異形はエドレイ王国にも、ナフェオ王国にも存在していない。

 そんな筈はないだろうと、いくら探しても見つからないため、両国の人間たちは首をかしげた。

 そうこうしているうちに年月は流れ、しだいに人々の間で、『単独犯ではなく、複数犯が同時に襲ったのではないだろうか』と囁かれるようになり、真実は闇の中。


      ◆◆◆


 ウィルロットは終戦後、毎日セメロ公爵家に通い、戦争前より痩せたリルアーの話し相手をしていた。

 彼女は、ロジャードが戦争から帰ってこなかったため、ひどく落ち込んでいたが、今では少しずつ元の明るさを取り戻しつつある。

 いつものごとくウィルロットが、屋敷を訪れた。

 リビングには休みなのかエルウィスがいて、リルアーの肩を抱いていソファーに座っている。

 父のノエルも傍らに控えていた。

「おはようございます。おじさん、おばさん」

「あぁ。いらっしゃい。よく来てくれたね、ウィルロット」

 彼のあいさつにエルウィスが微笑み、ソファーに座ることを勧める。

 ウィルロットはそれに頷き、ソファーに座った。

「ねぇ。エルー、ウィルロット。あの子は生きているのかしら……それとも――」

「大丈夫。私たちの子供だ、無事に決まっている」

 リルアーの話を遮り、言い聞かせるようにいうエルウィス。

 夫妻の表情は暗かった。

「……あいつはそう簡単に死にませんよ」

 元気で明るいはずの夫妻を励ますよう、ウィルロットははっきりという。

 これに夫妻は驚いたあと、ふわりと笑った。

「ありがとうウィルロット。ごめんなさいね、毎日同じことを聞いて……」

「いいえ。俺は気にしません。おばさんが安心できるまで、何度でも言いますよ」

 ウィルロットは夫妻の笑みにつられ、微笑む。

 そして、彼は目の前に用意された紅茶を一口飲み、テーブルに戻した。

 その時。

 廊下からバタバタと走る音が聞こえたかと思うと、リビングの扉が勢いよく開き、ニコラが飛び込んできた。

「お父様、お母様! お兄様の、部屋の引き出し……っ……から、お手紙が!!」

 二枚の手紙を抱きしめた彼女は、頬を染めて息が切れたままいった。

 この言葉にリビングにいた四人に緊張が走る。

「お父様! 代表して読んで!」

 ニコラは、一通の手紙をエルウィスに差し出し、彼は頷いて受け取ると、封筒から糸で縛られた一房の髪の毛と、便箋を取り出して読んだ。


 ――公爵家の皆様へ。

 私がこの手紙を処分していないということは、この戦争で死んだのでしょう。

 ですから、死者の言葉として、受け取ってください。

 私、ロジャードは幸せでした。

 優しい父と母。太陽のような妹。厳しくも優しい執事と使用人。そして、大切な友。

 あなた方ともっと一緒に居たかった。

 しかし、私はあなた方の為に死ねたのなら、心から幸福なことだと思います。

 なので、お願いです。

 私のせいで涙を流さないでください。

 私はあなた方の笑った顔が大好きなのです。

 愛しています。

 どうか、あなた方により多くの幸福が訪れますように……。


 読み上げたエルウィスの声が震え、彼の頬に涙が伝う。

 リビングは彼の手紙のせいで、涙の沈黙が降りた。

 しばらくして、手紙を持っていたエルウィスが、もう一枚紙があったことに気づき、それを読み上げた。


 ――追伸。

 セメロ公爵夫妻様。

 あなた方の第一子。ランステッドは生きております

 今はウィルロット・ルイダスとして……。

 彼は右腰に、小さな王族の証があります。


 涙の沈黙は、この追伸によって破壊され、屋敷には激しく動揺が走った。

 それからしばらくして。

 ウィルロットはゆっくりと時間をかけ、自身の本当の名。

 ランステッド・セメロとなる。

 その間に、ノエルになぜ『ウィルロット』と名づけたのかと、彼が問うと、ノエルは静かに、産まれて一ヶ月で死んだ息子の名だと答え、彼を誘拐した女の事を話した。

 女は夫の暴力と、自身の子を亡くしたことがきっかけで、精神を病み、犯行に及んだということ。

 さらに、その女は夫に殺害されていることもわかった。


 ――そして、一年後。

 ウィルロット改めランステッドは、セメロ公爵家の嫡男として、病に没したエドレイ王に代わり、新たに王位についたルファネスの側近を務めることとなる。

第一部は以上です。

お疲れ様でした。

ここまで読んで下さり、誠にありがとうございました。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ