第二十二話
――コンコン。
そんなことを考えていた時。
軽快に扉がノックされ、扉が開き、燭台を持ったエルウィスが入ってきた。
そのため、先ほどまで考えていたことを振り払う。
ロジャードはソファーに座り直し、彼を見つめた。
「隣に蝋燭の付いた燭台があって、火をつける道具もあるのになぜ、火をつけてないんだい?」
エルウィスはそういって、ロジャードの隣、小さなテーブルの上にある燭台に、もっている燭台の火を与える。
そして、持ってきた燭台をそのテーブルに置き、対のソファーに座った。
「……実は、お前が寝ていた六日間の間に、ことが大きく動いたんだ」
「何があったのですか?」
深刻そうに言うエルウィスを見つめ、ロジャードは問う。
「お前も知っているだろう? 東の国境付近での不審な動きを」
「えぇ、ルーフに聞きました。それで、動きがつかめたのですか?」
「あぁ。東のロンダーナ帝国が、エドレイ近隣の国々に文を送りつけ、この国を消そうとしている」
エルウィスの言葉に、ロジャードは驚愕をあらわにする。
「それは……誠で?」
「あぁ、俺がこの耳で聞いた」
「……まさか、ロンダーナに潜り込んだのですか?!」
ロジャードは驚き、エルウィスに尋ねた。
当の本人は当然だとばかりの顔をする。
「人づてに聞いた話は信用におけない」
「だから……執事に呆れられるんですよ…………」
顔に手を当て、呆れるロジャード。
彼の反応に、エルウィスは苦く笑った。
「こればかりは譲れんさ。で、私はロンダーナ帝国の帝王に文を送った。そしたらこれだ」
途中から表情を引き締めたエルウィスは、懐から一枚の紙を取り出し、ロジャードに渡す。
手紙には『春の最終月に入り次第開戦する』と書かれていた。
「ちょっと待ってください。この『春の最終月』って、一週間もないじゃないですか!」
「あぁ。だが、大丈夫だ。準備はすでに整えた」
ゆっくりと話をするエルウィスに、ロジャードの不安が募る。
「では、ロンダーナに加担する国は――」
「南のアザイドと、西のオバオン。つまり、北のナフェオ王国以外がすべて敵だ」
「そんな……大国のロンダーナだけならまだしも、南と西まで…………」
「安心しろ。北は味方だ」
「そうですね……。では、私はどちらに配属されるのですか?」
ロジャードは勘で、最前線だと解っているが、念のため彼に問う。
この質問に、エルウィスは顔を歪めた。
「……ロイド。お前は、東の最前線の、隊長だ…………。
その隊に、ウィルロットも配属された……。明日、お前の隊は、東の国境に向かって出立しなくてはならない……」
「解りました。最善を尽くします」
彼は微笑み、一回だけゆっくりと瞬きしながら頷いた。
この様子にエルウィスは、俯き、膝に乗せた拳をきつく握る。
「ロジャード、すまない……。私がお前の義父でなければ、お前を最前線にやらずに済んだのに!」
「いいえ、私は貴方様が義父で、本当によかったと思います」
悔しそうに口にするエルウィスに、彼は本心を告げた。
驚愕の表情で彼を見つめ、顔を歪める。
「ロジャード……」
「父さん、もう夜は遅いので休みましょう」
有無を言わせない微笑みで、彼はエルウィスに休むよう言って、自身の寝室に向かわせた。
「戦争か……。あの殺し合い、いや。あれは一方的な殺戮だな」
ロジャードは頭に幼少期の記憶が浮かび、顔を歪めて俯く。
同時に、乾いた笑い声が出てきた。
(忌々しい……忘れることもできないとはな)
笑いながら彼は、蝋燭の明かりに照らされた天井を見上げた。
そのとき。
廊下からハタハタと小さな足音が聞こえた。
(ニコだな)
彼がそう思ったと同時に、扉が音を立てて勢いよく開いた。
「戦争に行くって、ホント?!」
血相を変えたニコラ。
ロジャードはそんな彼女の方を向いて、軽くいった。
「あぁ。そうだよ」
「そうだよって…………そんなに軽く言わないでよ!」
一瞬驚きいて唖然としたニコラは、そう言って怒鳴ると下を向いた。
(機嫌をそこねたみたいだ……困ったな。なんて言ってやればいいのかわからない)
耳を垂らして、落ち込んだ様子のニコラ。
ロジャードはそんな彼女に近づいて、頭を撫でる。
「ごめんね。ニコ」
いろいろな意味が込めた謝罪の言葉。
それを聞いたニコラは、俯いていた顔を上げ、ロジャードをまっすぐに見ていった。
「………………そく。……約束して。『絶対帰ってくる』って」
射抜かれるような真摯な眼差しに、ロジャードは目を見張った。




