第二十一話
そう決めた矢先、ニコラがエルウィス達を見つめたまま、お兄様。と話しかけてきた。
「お父様とお母様、今日は本当にうれしそうですね」
「ん? あぁ、そうだね。きっとニコと食事ができてうれしいんだよ」
「違いますよ。お兄様が起きたからです」
ロジャードの方を向き、頬を膨らませるニコラ。
そんな彼女に微笑み、「そうかな?」という。
「でも、それだけじゃないさ。父さんたちは頑固で可愛い愛娘と、久しぶりに食事ができて喜んでいるんだよ」
ロジャードの言葉にニコラは赤面して俯くと、そんなことないよ。と弱弱しく反論する。
(そうだ、この茶番劇を終わらせるきっかけ。それがなければ作ればいい)
彼は内心ニヤリとし、ニコラを使うことに決めた。
そのため、彼女が慌てるよう悲しそうな声と表情を作る。
「俺は嬉しいよ。可愛い妹と一緒に食事ができて。……ニコは嬉しくない、かもしれないけど…………」
「っ?! そんなの嬉しいに決まってるもん!」
ロジャードの思惑通りに声を荒げたニコ。
そのおかげで、茶番劇をやっていた三人がぴたりと動きを止め、彼女を見つめる。
「そう。よかった」
彼は三人が反応をしめしたことで、先ほどの表情を投げ捨て、淡々と口にし、食事を再開。
その様に、ニコラがハッとして、勢い良くロジャードを見る。
「?! やりましたねお兄様!!」
(気づいた時すでに遅し。ってね)
じわじわ近寄る二人に焦るニコラ。
それに、ロジャードはニヤリと笑う。
「何のことやら。では、ごちそうさま」
皿に残っていた一切れの肉を口に放り込み、ロジャードはさっさと椅子から立ち上がり、巻き込まれないように素早く扉に移動。
刹那。彼の居た椅子はエルウィスに倒され、ニコラは左右からリルアーとエルウィスに抱きしめられていた。
「ニコ、ニコ、可愛い可愛い私の娘!」
涙を流す、リルアーとエルウィス。
ノエルは朱肉と、養子縁組の紙を取り出し、彼女に抱きつくエルウィスに手渡す。
「さぁニコ。これにサインを! やっと娘になってくれるんだね!!」
「ちょ、ちょっ! お父様、私はサインはしないの!!」
「なぜ! わたしたちが子供に恵まれなかったことは知っているだろう!」
「そうよ! 久しぶりに家族そろって食事したのに!!」
「もぅ、だから!」
こうして、三人の問答が始まった。
(……ニコが一緒に食事をとりたがらない意味が分かるな)
ドアノブに手をかけ、「おやすみなさい」といって、ロジャードは出ていく。
「お兄様! 助けてよ!!」
「ごめんね。無理」
必死のニコラに、満面の笑みを浮かべて手を振り、扉を閉めた。
『っ……お兄様の薄情者ぉ!!』
ニコラの叫び声は屋敷中に響いた。
ニコラを見捨てて、自室に帰ったロジャード。
室内は月明かりだけが照らし、薄暗い。
そんな中、彼は上半身の映る鏡の前にいた。
しかし、鏡にロジャードは映っていない。
代わりに、波打つ淡い金の長髪と、真紅の瞳をもつ、冷酷そうな男が映っていた。
そして、その男の背には、大きな鳥の翼のような、片方だけの黒い翼。
ロジャードはその鏡に手をつく。
鏡の中の男もロジャードの動きに合わせ、手を突き出す。
(これが本来の俺。ファバル皇国第一皇女・ディティナの子。シルヴィオ・レファニア・ファバル。父は不明。母は俺が五つの時に病で歿し。伯父のファバル皇帝に引き取られ、第三皇子として育てられた)
鏡に映るロジャードは、ひどく顔をゆがめていた。
そして俯き、鏡から手を離して太ももの横で拳を作る。
(俺は神が創った【創世の異形】の子。そして、風を操る化け物だ)
彼は顔を上げ、再び鏡を見た。
それに映る彼は直毛の黒髪にスカイブルーの瞳。
『ロジャード』と呼ばれる姿だった。
そして、物心ついたことからあった記憶をふと思い出した。
内容は、神話のようなこと。
世界の神・アルティファスは【創世の異形】を五人同時に創り、大地を創った。
そして、その中の三人にこの世界に必要な物を。一人に異形を。もう一人に人間を創るように命じた。
世界に必要な物を創れ。と、命じられた三人は意見を出し合い、空を創り、森と、川、海、生き物すべてを創る。
異形を創れと命じられた者は簡単に創り上げ。
人間を創れと言われた者は未知の事で悪戦苦闘。
結果、人間が一番最後に創られた。
しかし、なんの力も持たない人間たちは、人ならざる力を持っていた異形たちに支配される。
人間たちを哀れに思ったアルティファスが、異形たちの力を封じ、彼らを外見だけが違う人間にした。
(だから幼い俺は、人間を創った【創世の異形】をまね、化け物の外見と力を使ってエルセリーネを創った)
ロジャードの戻った記憶の中にあった、神話の真実。
(しかし、真実は時間と共に捻じ曲げられ、今では異形が虐げられている)
彼はため息をついて鏡から離れ、ソファーに座る。
そして、膝に両手を乗せて俯いていた。
(俺は、俺自身の事を誰にも言いたくない。誰にも知られたくない。なぜ俺は、あいつにあんな命令をしたんだろうな……)
ロジャードは彼女を創ったとき、彼女に言った命令。
『絶対に死ぬな。もし、それが出来なかったとき。すべてを返してもらう』と。
(まったく、なんであいつは律儀に記憶と、本来の姿を返しに来るかな)
彼は自嘲気味に笑い、一つため息をついて空を仰ぐ。
(まったく、俺が一番忘れたくても忘れられない。消したくても消せない事実を突きつけやがる)
ロジャードの中で、押し隠していた戸惑いが溢れだしそうになる。
でもそれを誤魔化すよう、彼はゆっくりと目を閉じた。
それから、手の甲を目にかぶせ、悲しく笑った。
(俺はこの力を使い、国土を広げるためだけに生かされた。ただの人間兵器だ…………)




