第二十話
再び目を開けたとき、彼は起きたはずのベットの上にいた。
(どういうことだ? 今までの事は夢……?)
そう思い上体を起こす。
そして、目に入った寝間着に驚く。
(昨夜はそのまま寝たはず……?)
ロジャードが考え込もうとしたとき、扉が静かに開いた。
入ってきた人物は、目の下にくまを作った、沈みきった顔のニコラ。
いつもは立っている彼女のウサ耳は、力なく倒れていた。
「……ニコ?」
心配になり、名を呼ぶ。
ニコラはその声にゆっくりと驚愕を示し、恐る恐る顔をこちらへと向けた。
疲労の色が濃かった彼女の表情は、見る見るうちに喜びを現す。
「ぉにぃ、さま……お兄様!!」
ニコラがベットにいるロジャードに駆け寄り、飛びつく。
彼は、使用人の時のニコラが、『お兄様』とは呼び、抱きついてきたことに驚いた。
「?!……ど、どうしたの、ニコ?」
ロジャードは少しだけどもったが、優しく声をかけて、胸に顔を押し付けて震える小さな体を優しく抱きしめ、背を撫でる。
「おにぃ、さま……おにぃさ、ま。……ひっく………ぅ…」
涙を流し、震える小さなニコラ。
ロジャードには何がなんなのかわからなかった。
「……お腹が痛いの?」
ロジャードはニコラを見つめる。
しかし、彼女は顔を押し付けたまま、頭を左右に振る。
(……まさか、俺。何日か寝てた?)
ロジャードの頭にそんな予感がよぎった。
それと同時に、小さくノックの音がして扉が開く。
「ニコラ。言い忘れていたことが――」
扉を開けて入ってきたノエルが、ニコラの姿を探し、ロジャードを見て、驚愕の表情で固まる。
「……どうしたの。執事まで」
「坊ちゃん。が、起きて……」
質問に動揺するらしくないノエルに不安を覚えた。
しかし、そんなはずはないだろうと、再び彼に問う。
「いや、ねぇ聞いてる?」
「これは……至急、奥様に知らせねば!」
(……なんなんだ? でも、まさか……な)
踵を返すノエルを引き留めようとしたが、それより早く彼は走り去っていた。
その後。彼がリルアーと、仕事に行く前のエルウィスを連れてきて、六日間眠ったままだったことを聞いた。
そして、その日の夕食の席に、珍しくニコラが何年かぶりに同席した。
しかし、先ほどまで代わる代わる、こっぴどくしかられたロジャード。
(さすがに、あれはキツイ。なかでも、泣きながら怒る王族兄妹とか、無言の圧力かけて、静かに怒る執事一家とか)
「ほんと疲れた――あ!」
ロジャードの口から、つい言葉が漏れた。
もちろん、この言葉を聞き逃す者はいない。
「あたりまえよ! 心配させて!!」
「お兄様はお馬鹿さんです!」
リルアーと、ニコラが同時に声を上げる。
(ごめん。二人そろってたから、なんて言ってたかわかんない)
ロジャードはそんなことを考えつつ、ごめんごめん。といって苦笑いを浮かべる。
そんな彼を見つめ、エルウィスがナイフとフォークを置いて、真剣な顔で口を開く。
「いいか、ロイド。【もろともの樹液】を飲むなんて、無鉄砲にもほどがある。少しは考えて行動しなさい」
「え、あぁ。毒を飲んでも平気だと思いだしたから、つい……」
苦笑を浮かべるロジャードに、エルウィスは机をたたく。
「もし! その記憶が間違いだったらどうするんだ!!」
いつものへらへらしたエルウィスは鳴りを潜め、父親の顔で声を荒げ、心配している彼がいた。
「あ、ごめんなさい……」
珍しく真面目な彼に、ロジャードはハッとして素直に詫びる。
彼の謝罪に、エルウィスはいつものへらへらした顔に戻った。
「あぁ、ロイド。今夜話があるんだが、いいかい?」
「えぇ。今夜はどうも眠れそうにありませんし、大丈夫です」
ロジャードの返事に、エルウィルは微笑み、よかった。といった。
「もう、心配かけちゃだめだぞ!」
「……旦那様。それは私が貴方に言いたい言葉です」
「え? なんで……」
後ろに控えているノエルを振り返り、いう。
ノエルは綺麗な笑みを浮かべる。
「貴方は坊ちゃんと同じくらい、いえ、それ以上、無鉄砲だからですよ」
「?! そんな……リル、執事が虐める~」
息をのみ、隣に座るリルアーに抱きつく。
抱きつかれた彼女は、よしよし。といって微笑んで、彼の頭を撫でる。
「でもエルー。執事さんのいうとおりよ?」
その言葉にエルウィスがショックを受け、絶句。
(さて、この茶番劇はいつ終わるかな……。まぁ、早く食べ終わればいい)
ロジャードはそう決め、食事を済ませることに専念する。




