第十八話
「………………大丈夫、です」
「……そうか…………」
会話終了。
これはそっとしておいた方がいいか。と考え、踵を返す。
「っ……待ってください、ロイドさん!」
「おわ?!」
いきなり後ろから、アンがロジャードに抱きついてきた。
それと同時に、思いっきり油断していたロジャードの口からは情けない声が漏れる。
(? …………震えてる?)
ロジャードはここで、彼女の手が震えていることに気がついた。
(……王妃様の話だと、陛下とルーフが目の前で倒れたってことだ。やっぱり怖かったんだな)
ロジャードはアンの白く、小さな手に自身の手を重ねた。
それに驚いたのか、抱きついた彼女がぴくりと震える。
「?! やだ、私ったら、はしたない!」
抱きついていたことに気付いたのか、慌ててアンは彼から手を離した。
「大丈夫。窓はカーテンが閉まってる。それに、部屋には俺たち以外誰もいない。だから大丈夫だ」
混乱しているアンに落ち着かせるため、ロジャードは微笑んで、優しい声音でいって彼女の頭を撫でた。
すると、彼女は正面でそろえていた両手でドレスを少しだけ握った。
「じゃぁ。あの、ロイドさん。ちょっとだけ、あの、本当に、ちょっとだけ……抱きついても、良いですか?」
そういって、必死に俯くアン。
後半が小さくて聞き取りにくかったが、ロジャードは屈んで、両手を広げる。
「いいよ。おいで」
「……ロイドさん。私、そんなに小さくありませんよ?」
真っ赤な顔でいうアンに、ロジャードはそうだった。と立ち上がろうとした。
そのとき、彼女が床に膝をついてロジャードの首に腕を回し、肩に顔を押し付けた。
ロジャードは軽く驚いたが、小さく震える彼女の背に腕を回す。
「怖か、った、の……。と、さまと。にぃ、さま。倒れ……」
「大丈夫。もう大丈夫だ。陛下とルーフの毒は解毒した。だから大丈夫だ」
震える声で話す、アンの背を撫で、『大丈夫』と言い聞かせる。
それに彼女は安心したのか、嗚咽が聞こえてきた。
(よほどショックだったんだな。だが、もしルーフが死んでいたら、アンは泣き続けていただろう。それにしても、なぜ俺はルーフが助かった時以上に、アンが安堵して泣いている方が、安心するんだろうな)
しばらくそんなことをロジャードが考えていたとき、彼女から力が抜け、嗚咽が寝息に代わる。
(やっぱり寝たか……もう遅いもんな)
ロジャードはアンを横抱きにして、立ち上がる。
(さて、どうするか。アンの寝室に入るのはさすがに……仮にも十五歳の女性なんだから)
エドレイ王国では、男女ともに十五歳で大人と認められる。
そのため、ロジャードが大人の仲間入りしたアンの寝室に入るのは、さすがに抵抗がある。
(だからといって、ソファーに寝かせるのは無い。では、召使たちを呼ぶ? しかし、それではアンが隠そうとしていた、泣きはらした顔を不特定多数の人間に見せることになる。それではアンがかわいそうだ。……寝室に、連れて行くしかない)
立ち尽くすロジャードは、一つため息をついて、アンの寝室の扉の前に立つ。
(でも、寝室に入るのは……。しかし、アンが風邪をひいたら、かわいそうだ……)
彼は悶々と考えるが、「アンのためだ」と、横抱きにしていた彼女の足をゆっくりおろし、抱き寄せてかかえ、開いた手で扉を開く。
そして、彼女を再び横抱きに抱えてベットに寝かせ、布団をかけて足早に寝室を出た。
(俺は何も見てない。だって、俺が昔、アンに作ってやった兎のぬいぐるみと一緒に寝ているなんてこと! そして、そのぬいぐるみを抱きしめてふにゃりと笑ったなんて!!)
ロジャードは慌ててアンの部屋を後にした。
そんな彼の心臓は、何故かいつもより早く、脈打っていた。
そして翌朝。
アンが自身のとった行動と、いつも抱きしめて寝ているぬいぐるみを見られたことに対し、顔を赤くして悶えることを知らずに。
窓から明るい光が差し込む室内。
ロジャードは寝起きのぼやけた頭をはっきりさせるため、一人掛けのソファーに座って、明るい光を浴びる。
彼は昨夜。
アンの部屋を出た後、廊下にいた衛兵に王の部屋への道を聞き、そこへ向かった。
人払いのされた室内。
ベットの上で上体を起こした王は、左右から抱きつかれ、酷く疲れている様子だった。
そんな王を気遣う様子もなく、抱き着いて泣きじゃくる王妃とエルウィス。
彼らに王は困った顔をし、三人を温かく見守るリルアーが居た。
その光景を見たロジャードはため息をつき、夫婦の邪魔者エルウィスを回収。
王へと手を伸ばす彼の腕を握り、リルアーと共に王と王妃に頭を下げ退室。
乗ってきた馬車まで行き、エルウィスを放り込み、リルアーが乗り込んだのを確認し、馬車のランタンに火を入れ、屋敷まで運転して帰った。
そして、屋敷につき、馬車と馬を片づけて自室のベットに倒れこみ、ロジャードはあっという間に眠りにおちだのだ。
(にしても、王と王子だけが狙われるなんて。しかも、採取するだけで命を落とし、解毒は不可能。数分で死に至ることで有名なザバオルの樹液で、だ。しかし、毒である時間が二十四時間と短い。温暖な気候のエドレイ王国の近隣には、ザバオルの樹が自生する雪国はない)
ここまで考えて、ロジャードは顎に手を当てた。
(なぜだ? ザバオルの樹が唯一自生するのは。、エドレイから遠く離れた雪国だけ。国名は……確か、ティザオ王国)
ルーフの部屋で戻った記憶をあさって、国の名前を思い出した。
そして、世界の地図を近くの机に取りに行き、その机上で広げる。
地図で確認せずとも、戻った記憶にあったが、確認のため目を通す。
一日で移動できる距離ではない。
早くても半月はかかる距離だ。
しかし、王とルーフに盛られた樹液は、毒の効果があった。
(どういうことだ? 俺の記憶では、ティザオ王国でしか確認できなかった。だからいろいろなところで増やそうとしたが、失敗した。それに土と根、枯れ木に毒の成分があるか調べたが、毒の反応はなかった……って、こんなの知らねぇぞ?)
考えれば考えるほどずるずると出ってくる記憶。
これにロジャードはため息をついた。
(要するに、あの声が言っていたよう、俺が望めば記憶は戻ってくるんだな)




