第十六話
いつの間にか小屋の扉の前に顔色の悪いルーフがいた。
彼は、王子の時に使う口調で、ため息交じりに言う。
顔色の悪いルーフの周りには、彼の部屋で見た男たち。
「解毒したとはいえ、まだ動いてはいけません。お身体に障ります。ルファネス殿下」
ロジャードは先ほどまで人格が崩壊していたが、スッと臣下の顔になる。
ルーフは彼の態度の変化になんとも言えない顔をした。
「黙れ。誰のせいだと思っている」
「申し訳ございません。以後気をつけます」
ロジャードは、棘のある言葉をさらりと流し、すまなそうな顔で謝罪した。
そんな彼を見て、ルーフは深くため息をついた。
「まったく、叔父上かと思ったぞ」
「……私は父とは声質がまったくと言って良いほど違います」
すかさずロジャードは、冗談じゃないとばかりにいう。
「話し方が良く似ていた。で、お前はいつまでその格好でいる気だ?」
「はて、何のことでしょう?」
彼は小首を傾げ、とぼける。
そんな彼に、ルーフは鼻で笑って、彼の傍に近寄った。
「お前なら、縄から抜けるなど簡単であろう?」
衛兵を押しのけ、ルーフはしゃがむと、座っているロジャードと目を合わせる。
「ご冗談を。そのようなこと、私はできません。もし、そのようなことが出来たとして、武器を持たない私は斬られてしまいます」
「それこそ冗談であろう。お前は武器などなくても、体術だけでこのくらいの人数は片づけてしまうからな」
にこやかに話す二人を前に、衛兵たちはどうしたら良いのか解らず、なんとも言えない顔をする。
しかし、ロジャードの実力を垣間見た衛兵の二人は、顔をひきつらせていた。
「で、なんでロイドはあの毒が、ザバオルの樹液だと分かったんだ?」
人払いのされたルーフの部屋。
ベットの端に、だらっと座るルーフ。
先ほどの王子らしさなどかけらもない。
ロジャードは、そんな彼の前にある、一人掛けのソファーに座る。
「あ、あぁ。声が聞こえたんだ」
「声? どんな声だったんだ?」
つい顔をしかめたロジャードに、ルーフは不思議そうに尋ねた。
「女の声だった。俺に、このままではルーフが死ぬといった。だが、俺が望めばそれを避ける知識をやる。と言ったんだ」
「それで、お前はその知識を受け取った。と?」
ルーフの問いに頷く。
そんなロジャードの反応に、ルーフは後ろにぼすんと倒れ、布団が音を立てた。
「ロイド、お前馬鹿だろ。第一、そんな都合よく知識をくれるわけねぇだろ」
呆れたような声でルーフは言う。
ロジャードは、『病人に心配かけてしまったな』と思いつつも、胸が温かくなった。
「あぁ。『知識だけでは渡せない、その知識に関する記憶がつく』と言われた」
「そうか。でも、ロイドが馬鹿やってくれたおかげで、俺は生きているんだよな」
ルーフは勢いをつけて起き上がり、ニッと笑う。
ロジャードはそんな彼に微笑み、ふと、先ほどのノエルに似た青年が誰なのか気になった。
「そういえばさっきの、ノエルさんに似た人。彼は間違いなくノエルさんの血縁者だろ」
「ん? 良くわかったな。もしかして、大人しくしてたのはそのせいか?」
いつの間にか長靴と靴下を脱いで、ベットの上で両足の裏を見せるように胡坐をかいていたルーフがにんまりと笑った。
「あぁ。ノエルさんだったら、少しでも変なそぶりを見せたら即アウト。とばっちり決定だ」
「なるほど。セメロ公爵家の裏の権力者か」
違いない。と頷いて、ロジャードはルーフの足に目が行った。
「いつ見ても、お前の胡坐の書き方は変だと思うぞ?」
「そうか? 俺にはこれが普通だぞ?」
ルーフは自身の足に目を向ける。
いつもなら長靴や、靴下に覆われている、彼の足の裏。
その足の裏全体に、一つ目のような痣があることに初めて気づいた。
「ルーフ、それなんだ?」
エルウィスにもあった痣が気になったロジャードは、ルーフに疑問をぶつけた。
「ん? あぁ。これか? 王族の証だ。叔父上にもあるはずだが?」
「あぁ。昔、見て聞いた。が、途中で勢いよく母さんの話に脱線した」
ロジャードは昔を思い出し、ため息をつく。
そんな彼に、ルーフは苦笑いを浮かべた。
「……まぁ、王族だけに出るやつで、これの大きさで王位継承権を決めるってだけだ」
「そうか。じゃぁ、王族を抜けたらどうなるんだ?」
「どうもならないさ。抜けた人間の子まで、ホクロぐらいの大きさで出るってだけで、それから先は二度と出ない」
淡々と語るルーフ。
ロジャードはふと思った。
(確か、ウィルロットの腰にこれと同じ痣が……。まさか、な。だいたいウィルロットはノエルさんの実の息子だ。考え過ぎだろう)
ロジャードはその疑問を振り払うよう、ルーフに告げた。
「そうか。でも、俺そんなこと聞いたの初めてなんだが……」
「そりゃそうだろ。王族の秘密みたいなもんだ」
当たり前だろ? と言うルーフにため息が出た。
「いいのかよ、俺に話して」
「ロイドは公爵家の息子だろ?」
ルーフが笑っていった。
これを聞き、それもそうか。とロジャードは納得した。




