後日談 成長したひ孫
さんさんと輝く日差しの中。
俺は三人のひ孫の中、一番下のティーシャと共に、町まで馬車を走らせていた。
このひ孫ももう成人する。
人より遅く。
ソフィアよりずっと早く成長した。
この子の母・ウィア。
その母よりも早く、ひ孫たちは成長した。
だが、それでも常人よりもずっと遅い。
それでも成人するほどまで、成長した。
「曾お爺ちゃん、あのね。言ってなかったんだけど、今日。合わせたい人が居るの」
唐突にそう話を切り出したティーシャ。
表情は真剣だった。
「そうか……」
「うん。彼と二人でお母さんとは話をしたし、お父さんと、お婆ちゃんにも報告したから。後は曾お爺ちゃんだけなの。それで今日、町に向かってもらってるのは、そのため」
そう言って、『黙っててごめんなさい』と、ティーシャは俯いた。
「…………そうか。もう、ティーシャもそんな年になるのか……」
早いものだな。
そう思い、ちらりとティーシャに目を向けた。
彼女は俺と同じく正面を向いている。
だが、エメラルドの瞳は不安げに揺れ動き、表情は硬い。
よほど『反対されるのでは』と不安なのだろう。
そんなティーシャだが、俺の言葉に小さく返事を返し、頷いた。
「可愛いひ孫の、旦那か……。悪くない」
「っ……! ほんと……? 曾お爺ちゃん、本当にそう思ってくれる?!」
バッと振り返り、身を乗り出してきたティーシャ。
とても嬉しそうだ。
「あぁ。でも、会って話はしてみたいがな……」
「えぇ、もちろんよ! そのために今日は町に向かってるんだから!!」
「そうだったね」
「えぇ! もう、曾お爺ちゃん大好き!!」
ティーシャはそう言って、満面の笑みで抱き着いて来た。
よほど、不安だったのだろう。
そう思い。
頭を撫でる。
「あぁ。曾お爺ちゃんも、ティーシャの事が大好きだよ」
だから―――……お前をたぶらかした男を、見定めないと……ね…………?
「曾お爺ちゃん、怖い事考えないでよ?」
抱き着いたまま言ったティーシャ。
その頭を優しく撫でつつ答える。
「怖い事なんて、何も考えていないさ」
そう答えると胡散臭いモノでも見るような顔で見上げ。
口をへの字に曲げた。
「目が笑ってないし、雰囲気が良くない。だから絶対何か企んでるっ!!」
「はっはっは! 何も企んでないよ」
「嘘よ。絶対嘘!」
ティーシャはそういって抱き着くのを止め。
体を起こして腕を組んで、そっぽを向いた。
こうして。
静かになったティーシャと共に、町の入り口についた。
そして、そこに。
見るからに真面目そうな男が立っていた。
『兵士だろうか?』と考えたが、なんら危険のないファバル国。
しかし。
自国民による事件はそれほど多くはないが、存在はする。
そのための警備は必要だ。
と、言うことで作られた組織・【警守隊】。
国の中の安全と法を守る組織でもあったはずだ。
……詳しくは忘れた。
が。
その服装をしていた。
「ジェイ!」
ティーシャがそう男の名を呼び、馬車から飛び降り。
『ジェイ』と呼んだ男に勢いよく抱き着いた。
男は固かった表情を和らげ、ティーシャを笑顔で抱き留める。
俺はその間に馬車を止め。
風で情報を集めた。
しかし、間の悪いことに何も集められず。
つい溜息が出た。
「お困りだね! シルヴィオ」
嬉しそうな声が聞こえた。
全力で空耳ということにしようとしたが、風にあおられ、流されて来た長く青い髪が視界の端に映り。
深く、ため息をついた。
「なんだよそのため息はっ!」
「…………何の用だ。アルティファス……」
はぁ……。
人格破綻者ですら手に余るというのに、お前までくるんじゃねぇよ……。
こっちとら。
ひ孫たぶらかした男の事で頭いっぱいなんだ。
さっさと失せろ。
「酷い。私、クーみたいにひどくないのに……」
「同じだ。馬鹿」
「…………むぅ……。まぁ、いいや。あの男の子。真面目だよ。根っからの、ね!」
「何が言いたい」
「だ・か・ら! すんご~~っく! いい物件だよっていってるんだよ!!」
「はぁ……。根拠はなんだ」
「ん? 変な趣味ないし、根っからの真面目だし、浮気してないし。あの子の事だけを愛してる! もちろん危ない方の【愛】じゃないよ? 普通の、良い方の、だからね?」
コテンと小首を傾げたアルティファス。
とても、果てしなく信用できない。
「ウェル。直ぐ終わるからちょっと来い」
そう、言葉を発したと同時に消え失せようとするアルティファス。
そんなヤツの髪を素早く掴み、引く。
「あ痛ぁ!! 何すんだよこの屑が! 消すぞっ!!」
「アルティファス。誰に向かって、口を聞いているのです……?」
「っ……?! なんで、お前いつの間にっ!!」
「はぁ………あなたは、いつまでたっても、どうしようもないおバカですねぇ……。私が魔導師だということを、お忘れですか……?」
「うっ。そ、そんなこと、ない!」
叫んだアルティファス。
それを見たウェルはため息をつき、ゆったりと頭を振った。
どうやら。
ウェルの中でアルティファス【神(笑)】には、【どうしようもないおバカ】というレッテルが貼られていることがわかった。
「こぉらぁ~! ウェルぅ。アルいじめちゃ、だ~めっ!」
『もう、つんつん』と言って人差し指でウェルの頬を突く少女。
それは突如として、現れた。
同時にウェルの雰囲気が一気に物騒なものへと姿を変える。
嗚呼。
もう、最悪だ……。
俺は馬車を破壊される覚悟で馬車から降り。
馬を手早く馬車から離し、手綱を持ってその場から避難した。
「? 曾お爺ちゃ――――」
「ん? 何かな? ティーシャ」
隣に来た俺に対し、何か言いたげなティーシャの言葉を素早く遮り、問う。
これと同時に馬車は紅く染まり。
粉々に砕け散った。
「…………………………うぅん。なんでもない……」
ティーシャはそう言って、頭を振った。
隣に居る、『ジェイ』とやらの顔はひどく引きつっていたようにも思える。
が、それはティーシャも同じなので、何も言うまい。
俺はそれよりも大事なことがある。
ティーシャの隣に居る、男に視線だけを向けた。
男はこれに気づいたのか、引きつっていた表情を一気に真剣なものへと変え。
こちらを向いた。
「『ジェイ』とやら。貴様と時の流れの違うこの子を、幸せに出来るか……?」
問うと、男は頷き。
ティーシャの肩を抱き、自身の方へと引き寄せた。
「もちろんです。私は彼女を――ティーシャを、心から愛しております」
はっきりと言いきった男。
それはなおも言葉を続ける。
「国守様。私は彼女があなた様の宝と存じ上げております。ですが、私はこれからを彼女と共に……彼女のために生きとうございます。……どうかティーシャを、彼女を私の花嫁とすることを、お許しくださいますよう、お願い申し上げます」
真摯に告げ、ティーシャの肩から手を離し、深く頭を下げた男。
それを視界の端に捕らえ、ため息をついた。
【何に】……か……?
そんなもの。
隣の男を見上げ、頬を染め。
涙をためて、嬉しそうに口元を抑えるティーシャに、だ……。
はぁ……。
正面では殺伐とした光景。
すぐ隣は桃色(ティーシャの雰囲気が)。
その隣はひどく真剣。
…………もう、疲れた……。
「勝手にしろ……」
「「?!」」
俺の言葉に驚き、嬉しそうなティーシャとジェイ。
良かったな。
まぁ、元から反対する気はなかったがな。
……いや。
少しはあったか……。
まぁ、それは置いておこう。
あぁ。
それとどうやら、俺はいつの間にか【国守様】と呼ばれているようだな。
……知らなかった…………。




