後日談 その五
薄暗い曇天から降る細い雨。
黒の伝統的な民族衣装を纏い、横長の角の丸い石の前にひざまずく、孫・ウィア。
ウィアの産んだ三人のひ孫。
一番上の子はすでに成人し、一人の女性として社交の場に出るまでに成長。
真ん中の少年は学問を究め。
一番下の少女は幼く、ゆえに無邪気に笑う。
彼女たちの父は六十年ほど前に歿した。
今ウィアが膝をついている石の隣の石。
この下に、その男は静かに眠っている。
享年は確か……六十八だったはず。
「っ……おか、さっ…………っ……ぅ」
小さな呟く声。
それは涙に濡れていた。
「ウィア。そんなに泣かなくてもいい。ソフィア……お前の母さんは『幸せだった』と、言っていただろう?」
俺の娘・ソフィアは最後にそう言い残し、息を引き取ったのだから……。
それに。
あちらで待っていると言っていたあの子のもとで、幸せそうに笑っているはずだ。
そう意味を込め。
優しく声を掛けた。
「わかって、るわ……おじぃちゃっ…………!」
絞り出したような声。
俺の隣には、腰にすがりつく幼い妹の背に手を回し、涙を堪えようとする弟の肩を抱く、一番初めのひ孫。
ひ孫たちは泣き崩れるウィアと、ソフィアの墓石を前に、静か佇んでいる。
俺は涙を流すことなく、弟と妹を支えとなっているであろう、一番初めのひ孫・エルラの頭を軽くなで。
その後、ウィアの肩に手を置いた。
「いつまでも……ここに居ては風邪を引く。家に入ろう。ウィア……?」
問うが、ウィアは唇を噛み無言を返す。
手から伝わるウィアの肩は寒さに震え。
見える唇の色は変色し、顔色も悪い。
このまま雨に打たれていては風邪を引いてしまう。
ひ孫たちもそうだ。
「ウィア。娘たちに風邪をひかせる気か? お願いだ。お前にまで倒れられては、俺は何もできなくなってしまう」
「? …………お、じぃ……ちゃ、んが……?」
涙を浮かべ、顔色の悪い顔で問いかけて来たウィア。
憔悴しきった顔の孫の顔をみて。
胸いっぱいにむなしさの様な、悲しみの様な感情があふれた。
「あぁ。俺はいつだって……置いて行かれるだけだからね…………」
つい自嘲気味た笑みを浮かべ、笑ってしまう。
心の優しい孫は一層心を痛めてしまうのは、分かり切っていたはずだったというのに……。
「……そう、よね…………。ごめんなさい、おじいちゃん」
「気にしなくていい。娘たちの心配をしなさい」
「……ぁ」
ウィアは気がついたようにして、顔を上げ
ゆっくりと。
恐る恐る、後ろに居る娘たちを振り。
言葉を失った。
「母さん……」
問うように語りかけたのはエルラ。
彼女の歪んだ顔を見れば、酷く悲しんでいることが手に取るようにわかる。
「っ……ごめんね。ごめんなさい…………」
ウィアはそう言って、自らの子らを抱きしめた。
「爺ちゃんっ!!」
悲鳴じみた声が聞こえ。
そちらに顔を向けた。
藍のスラックスに白シャツ。
その上に羽織った丈の長い白いシャツ――白衣――の裾を翻し、足をもつれさせながら駆けて来る青年。
「あぁ、ランドール。おかえり」
「なぁ嘘だろう?! 母さんが死んだなんてッ! なぁ、そうだろ爺ちゃんッ!!」
青年・ランドールは俺の胸ぐらを掴み、必死の形相で叫ぶ。
その際。
雨に濡れた銀の髪が揺れ、髪を濡らしている水滴が飛び。
濃いくまのある、ランドールの赤の瞳は射抜くよう、俺に向けられている。
……この子はとても冷静で賢く。
頭の切れる子だ。
それを生かし、医者となった。
……が。
今は酷く動揺しているため、それらが無くなってしまっているようだ。
おまけに。
白衣やスラックスには泥はね以外に、泥がしみていた。
おそらく転んで座り込むかしたのだろう。
「……落ち着いて、周りを確認しなさい。ランドール」
咎めるのではなく、諭すように声を掛けた。




