後日談 その二
今日の天気は今にも降り出しそうな曇天。
俺はそれをテラスに続く大窓の前。
ロッキングチェアに座り、読んでいた本を閉じてそれを見上げる。
「もう、鬱陶しい雨ね……。洗濯物外に干せないわ」
そう愚痴ったのは孫娘・ウィア。
そんなウィアを、俺が軽く首をひねって見たとき。
彼女は顔にかかってきた、長い金髪の髪を鬱陶しげに後ろに払い。
ターコイズの瞳を忌々しげに窓に向けた。
「ウィア。そんなに眉間に皺を寄せていると――――」
「もう! おじいちゃん!!」
怒鳴られてしまった……。
まいったな。
本当のことを言おうとしただけなのだが……。
にしても。
我が孫ながら可愛いなぁ。
なんて思うと。
愛しさと、微笑ましさに笑みがこぼれた。
が。
間の悪いことに、ウィアに見つかり、無言で鋭く睨まれてしまった……。
その結果。
ウィアの眉間には皺がハッキリ浮かぶ。
まったく、困った子だ。
「だからウィア。眉間に皺――がぁ!」
頭上から降ってきた物。
それは俺の首をへし折らんばかりに重いモノ。
首がゴキリと嫌な音を立てた。
――――だけでは済まず。
傾いた方向の髪を盛大に引っ張られた。
「痛い痛い痛い!! なんだ?! なんなんだ!!」
そう叫ぶと。
俺の髪を引っ張っていたモノが膝に落ちてきた。
あ、痛ぁ~……。
なんなんだ、まったく!
そう思い、痛む頭を片手で押さえ。
膝の上を確認した。
するとそこには赤髪金眼の赤子。
おまけに、赤子は目を泳がせている。
「っ……ウェル! お前は……! 来るならもっと普通に来い!!」
まったく。
あぁ、痛い……。
そしてウィア。
何必死に笑い堪えてるのかな?
おじいちゃん、すっごく痛いんだがな……。
「あはははは!」
こら。
女の子がそんな大口開けて笑うんじゃない……。
まったく…………。
「はぁ……。で、ウェル。今日はどうしたんだ?」
「……危うく人体実験に使われるとこだったんです…………」
俺の問いに顔を引きつらせながら答えた赤子―――つまり、生まれ変わったウェルコット。
ちなみに彼は魂ごと消滅したはずの、だ。
なんでも。
俺の渡したあの核と、首から下げていたペンダント。
この二つのおかげで魂を残すことが出来たと言っていた。
なんでもあのペンダントが、魔術師長としての証だったとかなんだとか……。
まぁ。
さすがに次元が違い過ぎたので、すぐさま話を変えたがな……。
だいたい、死後の世界など。
行くことの出来ない俺には関係のない事だからな。
「…………人体実験……そんなことをする奴は、クラジーズだな」
「えぇ。もうあの気違いの相手など、御免こうむります……」
目を閉じて軽く頭を振るウェル。
その顔と声からは、ひどく疲れているのが良くわかった。
「アイツはお前が戻ってくるのを、ずっと待っていたからなぁ」
「やめてくださいシルヴィオ。悪寒が走ります」
ウェルは顔を嫌そうにしかめてそう呟く。
お前は本当に、クラジーズが絡むと心底嫌そうな顔をするなぁ……。
「はは。本当の事だぞ? お前が戻ってくるのを指折り数えていたぐらいだ」
「…………寒気しかしないので止めてください……」
「アイツの妹も、不老不死の術を開発してお前を待っていたしな」
「………………えぇ。そのようでした……」
そう言ってウェルは苦笑を浮かべた。
といっても。
その苦笑は『喜んで良いのか、怒ればよいのか分からない』と言った感じのもの。
「なんでも。クラジーズに戻ってきたウェルを殺されないように、といっていたな」
「…………ベティ……。なんと良い子なのでしょう」
「兄貴が気違いの逝かれ変人変態ぼんくら錬金術師だったら、嫌でもそうなるだろうよ」
「何を言うのですシルヴィオ。ベティは生まれつきあのアホと違い、素直でまっすぐな……とっても良い子だったのですよ?」
穏やかにそう言って微笑むウェル。
俺はそうかと返事をして。
ウェルの――赤子の頭を撫でた。
手のひらにあたる。
細くて柔らかな、赤い髪。
生前の彼の髪は今日の空のような、灰色だった。
「………………シルヴィオ。言っておきますが、体は縮んでますが、頭までは縮んでいませんよ?」
そう。
棘のある声で言って来るウェル。
俺は小さく笑って、小さな小さな赤い頭を撫でつづけた。
「あ! ずっるーいシルヴィオ!!」
と。
叫んだのは、俺の座っている椅子の正面に表れた光の柱から出てきた、白髪にアイスブルーの瞳の少女・クー。
つまりは変態だ。
「あ。今、あたしに失礼な解釈したでしょ!」
「……そう思うくらいなら、胸ぐらを片手でつかむのをやめろ」
「なに? 絞殺されたいの?」
「誰がそう言った……」
「死なない呪いのかかった人間って、本当に死なないのかな? ねぇ、シルヴィ――」
「実験体にはならねぇからな」
早口でまくしたて、頭の逝かれた変態変人の言葉をかき消す。
ったく。
なんでこいつはこんなに逝かれているんだ?
「も~、まだあたし。何も言ってないじゃん」
唇をとがらせて言うクー。
『ぶぅぶぅ~!』と言う言葉が果てしなく鬱陶しい。
女装趣味のイカレた変態野郎の頭を盛大に殴りつけたい衝動に駆られたが、必死にこらえる。
「さっさと帰れ。お前にかかわると碌な目に合わねぇ……」
「え~、なんでぇ?」
「気持ち悪いからその女装をやめろ」
「うふ。かわいーでしょ~!」
くるりとその場で一回ターンした外見が可憐な少女。
膝より上のスカートがふわりと広がった。
……何も知らなければ、微笑ましい光景だ。
だがな。
こいつは俺以上に生きている爺だ。
だから俺には、女装したよぼよぼの、頭の逝かれた爺が膝上のスカートを着て、ターンしたようにしか見えない。
………………早く回収係。
早く来ねえかなぁ……。
なんて考えながら、一房だけ変な方向を向いている、ウェルの赤い髪を他と同じように向け。
手で撫でつける。
頭の逝かれた錬金術師はさらに何か言っているが。
相手をするのが面倒だ。
だったら小さな赤子に癒されよう。
中身が爺だろうがなんだろうが知らん。
外見は無害な赤子だ。
そう考え、ウェルの頭をさらに撫でる。
「シルヴィオ。何度も言いますが、私は貴方より年上ですよ?」
笑みを浮かべる赤子。
普通と違うものは……目が全く笑っていない。
そして言葉をしゃべる。
しかもその言葉がとても冷たい。
……もういい。
ひ孫に癒してもらう……。
そう考え、ウェルを抱えて立ち上がろうとした時。
真横で光の柱が出来上がった。
「げっ!」
女装趣味が低い声で言ったとき。
中から白髪に、シアンブルーの瞳の女性。
「ベティ!」
「大丈夫?! ウェルお兄ちゃん!」
血相を変えて椅子の横にしがみこんで、ウェルの顔を覗き込むベティ
ウェルはそんな彼女に微笑みを浮かべる。
「あぁ。大丈夫だよ」
「良かった……。もう、兄さん!!」
そう言ってベティがクーをみた時奴は。
「ひぇぇぇええ!」
と、叫びながら光の柱になって消え。
ベティはこれに眉を吊り上げ、後を追って光の柱になって消える。
その際、『二人とも兄がごめんなさい!』と言って居なくなった。
「さて、イカレ頭は居なくなったぞ?」
「そうですね。人為的な嵐は去りましたが、外は雨が降り出しましたね」
「あぁ。そうだな」
しとしとしとしと。
地面はまだらに色が濃くなり。
ぽたぽたと音を立てていた雨は、次第にザァアアアと音を変えた。




