第百三十五話
「シルヴィオ? これはいったい?」
近くにやってきた困惑気なウェル。
「ちょうどいい。ウェル、これを預かってくれ」
「え? こ、これは?」
「化け物としての核だ」
そして人間になるための道具。
……もう、逃げることはやめだ。
「え?! 手放せば目が――!」
「安心しろ。人型をとらせない限り無くなったとしても支障はない。そうだな、アルティファス?」
「……それについては、ボクじゃなくてリティエルか、フィルファーニに聞きなよ」
ぷいっと顔をそらすアルティファス。
その様子がニコラとかぶてしまい、不覚にも微笑ましいと思ってしまった。
……一生の不覚だ…………。
そして、その拗ねた様子のアルティファスはと言うと。
『なんて口のきき方をするの! さっさと私のあの人を返して!!』
と。
叫ぶメルフィオナに叩きのめされ。
再起不能となった。
………………おそるべし、メルフィオナ……。
そしてふと思った。
リティエルとフィルファーニって誰だ……?
「若様」
後ろからリディの声。
俺はアルティファスから目を離し、リディに目を向けた。
リディはと言うと、少し困った顔で笑い。
その隣に居たアーニャさんは微笑みを浮かべた。
「どうしたんだ? リディ」
「えっと、私がリティエル。アーニャがフィルファーニ。それが本当の名です……」
申し訳なさ気に答えたリディ。
アーニャさんは少し俯いている。
おそらくノエルさん達のこと考えてんだろうな……。
ま、俺の憶測が正しいか解らんが。
気になどしない。
「そうか。で、どうなんだ?」
「え? なにがですか」
「…………(その耳は飾りか?)」
「いやだな~若様、冗談ですよ。正解です。ね、アーニャ!」
「ぁ、えぇ。そうよ」
リディに声をかけられ、ハッとした様子で慌ててアーニャさんは返答した。
「アーニャ。心配なのはわかるけど、そんなに心配しなくても大丈夫よ」
微笑むリディ。
しかし、アーニャさんの表情はすぐれない。
「でも、リディ。心配なの……」
「……何を言っているの、アルティファスの壊れ具合が初期段階だったから、対して影響はないわ。ちゃんとダンドルディックが大地を支えていたじゃない」
「そうだけど……」
「大丈夫よ。何かあってもアルティファスなら」
そう言うリディの言葉が、まるで自分自身に言い聞かせているようにも聞こえた。
「…………わかっているわ。でも、胸騒ぎがするの」
目を伏せたアーニャさんにリディは口を閉ざし、俯いた。
二人の話が終わった様なので、アルティファスとメルフィオナに目を向ける。
仁王立ちしているメルフィオナの向こう。
うつぶせで地面に伸びているアルティファス。
「成仏しろよ。アルティファス」
「死んでないっ!!」
ガバッと地面から顔を上げ、反論してきたアルティファス。
しかしながら、それを見ていたのは俺だけではない。
『ふざけてないでさっさと返して』
張り付けた笑顔のメルフィオナ。
それに気づいたアルティファスは顔をひきつらせた。
「だ、だから……その」
『何かしら? 何か言いたいの』
「無理だよ。一度壊れた命の再生には、何百年って時間がかかるんだ」
『そう。じゃぁ、アルティファス。あなたの命を壊したら何百年で再生するのかしら?』
「え……」
顔をひきつらせたアルティファス。
奴は再びメルフィオナにより、地面にめり込まされた。
…………兄たちを殺されはしたが、このやられ方は少々可愛そうに思える。
そうだな。
しっかり息の根を止めてやらねぇとな……。
「ちょっと、なに剣振り下ろそうとしてるのヘタレ!!」
誰がヘタレだ。
このくそ餓鬼。
持っていた剣を奴の頭の上に垂直に突き刺す。
が。
間一髪とばかりに避けられた。
『「チッ……」』
「メル……。酷い…………」
『下手くそね。貸して。良い? こういう時はもっと避けられないようにして狙わないと』
微笑みそう言ったメルフィオナ。
彼女の発言にアルティファスの顔色が青ざめ、震えだした。
「ご、ごめんなさ――」
怯えの色を見せるアルティファス。
しかしそんなことをお構いなしに俺から剣を奪い取ったメルフィオナ。
『あら? その謝罪は何に対して?』
彼女は無邪気な口調で笑みを浮かべ。
アルティファスに馬乗りの状態で喉元に剣を向けている。
……女って、怖いな…………。
そうちらっと思ったとき。
アルティファスが口を開いた。
「い、いろいろ…………」
『まぁ……。それだと、私に怒られると承知で男性の姿をとって、あんな乱暴な口調を使って……………あの人を殺したのね?』
目を泳がせるアルティファスを、メルフィオナは変わらず無邪気な口調と笑みを浮かべ、追い詰める。
追い詰められたアルティファス。
奴は――――。
「っ……もう、いいでしょ! 大体メルもう死んでるんだからっ!!」
開き直った……。
キッと睨むアルティファス。
これにメルフィオナは目を見開いて声を荒げた。
『なんてこと……! だからと言ってあの人を殺した事を許すと思っているの?!』
「だから、一緒にあっち行けば会えるでしょ! それにそこのヘタレ! あんたなんか死なないんだから数百年くらい待ちなさいよ!! あっという間でしょ?! いや、あっという間だ!!!!」
半泣きで喚く…………くそ餓鬼。
お前なに満足げな顔してやがる?
ふざけんなよ?
仮に数百年があっという間でもな。
王の兄上たちが居ないとなると意味がねぇんだよ……!
『あら。その手があったわね!』
ポンと剣を持つ手を何も持ってない方の手のひらで打ったメルフィオナ。
いやいやいや、お前そうじゃないだろ。
問題視していたのは生死だろう……?
『なに死んでよかった』みたいな顔してんだよ?!
全然良くねぇよ!
大体お前后妃だろう?!
国どうする気だ!!




