第百三十四話
「……フィルファーニ。姫様にお姿を」
「はい。ラルド兄様」
後ろで聞こえたラルフォードとアーニャさんのやり取り。
アーニャさんが俺の隣に来る。
「メルフィオナ・イレイラ・ルッティーフ様。私は貴方に、実体化することを許します」
微笑みを浮かべ、アーニャさんは何もない所に向かい、旧ルッティーフ王国王女の名を呼び、そう告げ。
彼女の言葉と共に俺の目の前に、背を向けた女性が現れた。
後ろ姿でわかることは、ルッティーフで見た肖像画。
【ルッティーフ王国王女・メルフィオナ】とまったく同じ真紅のドレスに身を包み。
鮮やかな赤の巻き毛を高い位置で紅のリボンで結び。
耳にはルッティーフで見た肖像画たちと同じイヤリングをして居るということだけだ。
顔はわからない。
だが、その後ろ姿は凛としていた。
『……ティナ。いえ、アルティファス。あなたに全てを元に戻すことを命じます』
有無を言わせない声。
それに目を見開いたのち、唇を噛んだアルティファス。
「命までは、無理だよ……。メル……」
涙を浮かべ、弱弱しく言葉を紡ぎ、俯いたアルティファス。
メルと呼ばれた女性は腕を組み、冷たく言い放った。
『泣き落としは効きませんよ、アルティファス。命令です』
「っ……だから――!」
勢いよく顔を上げたアルティファス。
けれど、女性の言葉冷たさと、棘は消えない。
『何が無理なのです? 貴方は自分のしたことの責任すら取れないのですか』
「?! 違……!」
『では、何が違うのです? その通りではなくって……?』
「っ……。だから、その…………」
『お話になりませんね。それでも貴方はこの世界の【神】なのですか? ルッティーフの守護神だったのですか?』
「…………でも、ボクは――」
『私の知っている友の『ティナ』は、自分自身の行いによりどうなるか。またはどうするか。それを考えることの出来る者だったと記憶しておりましたが。私の記憶違いだったようですね』
「?! っ……」
『大体。そんなことが理解出来るのであれば……。生まれ変わり、あの時の言葉通り、私を見つけて下さったあの方を。私の……私とあの人の子孫を…………殺したりはしないはずですもの』
女性の言葉に鋭く息を飲み、目を見開いたアルティファス。
その様子を見てか、女性はため息をつき、こちらを振り返った。
彼女の顔は、肖像画の中のメルフィオナそのものだった。
『シルヴィオ様。申し訳、ございませんでした』
顔を歪め、頭を下げた彼女。
「……一応聞く。お前は誰だ?」
『………………この姿では、お初にお目にかかります。メルフィオナ・イレイラ・ルッティーフ。と、申します』
淑女の礼をとるメルフィオナと名乗った女。
俺は分かりきっていることを問う。
「そうか。俺が作ったエルセリーネの体に入りこんだのは、お前だな?」
『はい。どうしても、必要だったもので。お許しください』
顔を伏せたまま返答するメルフィオナ。
……先祖に敬われるとは、なんとも妙な気分だな。
「別にかまわない。お前のおかげで助かった様なものだ」
『そうですわね。シルヴィオ様ったら何もしてないもの!』
ぱっと顔を上げて微笑んだメルフィオナ。
……なぜだろうな。
その様子に軽く怒りを覚えたのは……。
「…………一応、殺す気はあった。お前が邪魔をしなければ確実にやれていた」
あぁ。
それはもう確実にな。
まぁ。
アルティファスが油断しまくってたってものあるんだろうけど。
『それについては否定しないわ。でも、しつけはしなくちゃ』
にっこりと笑ったメルフィオナ。
その笑顔はひどく輝いていた。
……一応言っておく。
「【神】はペットじゃないだろう……?」
『あら、一緒よ? 悪いことをしたら悪いことをしたって自覚させなきゃ』
「……そうか」
もう、何も言うまい。
俺は知らない。
何も聞いてはいない。
そしてアルティファスがメルフィオナが『ペット』を肯定した時。
絶望の表情をしたことなんぞ、見てはいないのだからな……。




