第十四話
そして、数人だけが残った室内。
「貴方のおかげで解毒剤を作ることが出来ました。本当にありがとうございました」
ロジャードと話をしていた男が、頭を下げた。
そんな彼に、ロジャードは微笑む。
「いいえ。それはこちらが言うべきことです。突然現れた私を信じて下さり、誠にありがとうございました。」
ロジャードは男に敬意を抱き、深く頭を下げると、男は慌てて顔を上げるようにいった。
「あなたのような高貴なお方が、我らのような下々の者に簡単に頭を下げてはなりません」
男は困った顔で微笑んだ。
ロジャードはそんな彼に苦笑いを浮かべ、「それでは」といって、部屋を後にする。
「なんだあの優男、俺に気づいていたのか。でもまぁ、解毒薬はできたんだし、ルーフの傍に居てやるとするか」
彼は口角を上げ、すっかり闇に包まれた廊下を、月の明かりだけを頼りに歩く。
そしてふと、ロジャードは窓から見える夜空を見上げる。
夜空には幾万の星と、半月と言うにはやや丸く、満月ともいえない月が浮かんでいた。
彼はそれを見て、自嘲気に微笑んだ。
(記憶をなくす前は、死にたがり屋だったんだな……俺って)
彼は、一部だけ戻った記憶を振り返り思った。
(でも、それなら記憶を無くす前は、どんな環境で育ち、どんな人に育てられたのだろう……俺の父母は、俺を心配しているのだろうか?)
そこまで考え、ザバオルの樹液について、ふと、矛盾に気づく。
(ザバオルの樹は一年中、雪に覆われたある国でしか自生しないはず。それに、毒の効果のあるうちに持ち込むのも、栽培も不可能だ)
ちなみに、エドレイ王国には標高の高い山はない。
それ以前に、一年中雪の降るとある国でしか自生できないザバオルの樹。
ロジャードの記憶にある、幼い頃の彼は、ザバオルの樹を現地で増やして国に持ち帰り、育てようとした。
しかし、ザバオルの樹はそのとある雪国から出ると同時に元気をなくし、枯れた。
そのため、雪で覆って持って帰ろうとしたが、前回と同じように雪国を出た途端、元気をなくして枯れたのだ。
躍起になった幼いころの彼は、いろいろと試したが無理だった。
そのため、ザバオルの樹の傍でその毒の研究を行ったのだ。
研究でわかったことは、猛毒をいくら口にしても、死ねないということだけ。
だから幼い彼は、腹いせに『解毒のできない猛毒』と、うたわれるこの毒の解毒薬の開発をはじめたのだ。
無駄なことだと知りながら。
しかし、その研究も無駄ではなかったのだ。
アルフの葉は、ザバオルの毒を弱める。かわりに、毒の持続効果が上がる。
ルフェアの花は基本無害。
しかし、少しでも煮すぎた場合。
ザバオルの樹液を大きく凌駕する猛毒へと変貌を遂げる。
これも彼がその時得た研究結果だ。
(この特性も教えておくべきだったかな? まぁ、大丈夫だろう)
ロジャードはそこまで考え、ふと周りを見た。
(……そういえば俺、ルーフの部屋に行く道覚えてねぇや。毒のあるところのは匂いでわかったけど……)
来た道を戻ろうとして、気づいた。
ザバオルの毒はもう解毒した後で、匂いなど残っていないと言うことを。
(俺の馬鹿!! やべぇ、迷った……)
彼は、やっと迷子になったことに気づいた。
ちなみに、彼が王宮に足を踏み入れたのは今日で二度目。
一度目は王家から、宛名のところに『強制』と赤字で大きく書かれた招待状。
内容は『パーティに参加しろ!!』と、一筆書きなぐられた物だった。
そしてそれを受けて参加。
ホールまで道案内人に先導されたぐらいだ。
しかし、今はルーフの部屋まで道案内をしてくれる者はいない。
(方向音痴じゃないんだけどなぁ……)
広い廊下に一人、ロジャードはうなだれ、壁に身体をあずける。
ロジャードはそのまま、自身の愚かさを呪った。
(なんで、来た道覚えとかなかったかな……。一大事とはいえ、はじめてに等しい所なんだから)
ロジャードは自己嫌悪に駆られながら、壁から背を離し、再び、月明かりが照らす廊下を歩き始める。
それからいくらか歩き、同じところをぐるぐる回っているような気がしてきたとき、大勢の衛兵を見つけた。
(よっしゃ! 人発見!!)
軽く浮かれて衛兵に近寄った。
「失礼。ルファネス殿下のお部屋に行きたいのですが、道を教えていただけませんか」
ロジャードは建前とばかりに、無表情で平坦とした声音で衛兵にいった。
すると衛兵達はすぐに剣を抜き、彼から一定の距離おいて無言で取り囲んだ。
「……あれぇ?」
彼の無表情は、一瞬で引きつった笑みへと変わる。
実は彼。内心は、ちょっとどころではなく、言葉では表せないくらい浮かれていた。
しかし、今は王と王子が毒を盛られた日。
時刻は真夜中。
それだけでなく、見たことのない男が一人で王宮を歩き回り、一国の王子の部屋を尋ねるなど怪しすぎる。
突然現れた不審な男に、王宮に仕えるの衛兵たちは、そんなことを教えるはずなどない。
普段であれば気づいたであろうことに、浮かれきっていたロジャードは気づかなかったのだ。
そのため、案の定。彼は衛兵に囲まれた。
「無駄な抵抗はするな。神妙に縛につけ」
若い男の平坦な声と同時に、衛兵たちは一斉に迫ってくる。
「え? えぇぇぇえぇぇ?!」
驚いた彼の声は、暗い廊下にむなしく響いた。




