第百九話
「ニコラ。ごめん、ごめんなさい。母さん……。母さん、ニコが大好きよ。とってもとっても、大好き。愛しているわ」
「お、かぁ……さ、ま…………」
震える声でニコは言って、握りしめていた手をほどき、震える手を母さんの背に回す。
「うん。なぁに、ニコ……」
優しい声で問う母さん。
こちらからでは、二人がどんな表情なのかはわからない。
だが、二人の雰囲気からは先ほどの様に、異様な感じはしなかった。
「……大好き」
「ふふ。母さんも、ニコが大好きよ」
「お母様、ごめんなさい……」
「どうしたの、ニコ。急に謝ったりして」
謝罪の言葉を口にしたニコに、母さんは少し体を離して言った。
見えないが。
おそらく、微笑んでいるんだろう。
「ううん。なんでもないの。あ! そうそう、今日ね、お父様に勝ったんだ!!」
照れくさそうでありながら、嬉しそうな声で言ったニコ。
「まぁ! すごい、すごいわニコ!!」
そう言って、ニコを抱きしめなおした母さん。
ニコは、「えへへ」と笑っていた。
…………そう、確かに……。
白熱したバトルを見せていたようだね……。
この目で見たかったよ。
……いや、ごめん。
今の嘘…………。
変にニコを怒らせないようにしようと思いました……。
うん。
エルセリーネが見たものを見たとき。
もしファバルにニコを連れて行ったとしても、ニコには絶対剣を持たせない。
そう、決めたくらいだ……。
あ。
そういえば称賛の言葉をかけて無かった。
褒めてあげないと。
そう考え、ソファーから立ち上がり、ニコの近くに行った。
「うん。無駄のない動きで、見ていて楽しかったよ。おめでとう、ニコ」
『楽しかった』は、思い付きがぶっこんだ。
とりあえず、客席も盛り上がっていたし。
嘘は言っていない。
「ありがとう、お兄様。ところで、さっきウェルコットさんと一緒だったよね? ウェルコットさんは?」
不思議そうな顔をしていたが、ニコは笑ってそう言った。
「あ。ウェルコットは国において来た。今忙しくてね」
めんどくさくなり、肝心なとこはぼかして伝えておく。
そのほうが後先楽だからな。
そう考えて言った言葉。
ニコはなぜか小首をかしげた。
「……『おいて来た』の? 『帰らせた』んじゃなくって?」
「あ、違った……。ニコの言うとおり、先に帰っておくように言ったんだよ」
そうだった。
普通の生物なら短時間で行き来なんてできないよな。
今に慣れ過ぎて忘れていた……。




