第百六話
――ぽた、ぽた。
小さな音と共にニコラの着ているワンピースに水滴が落ちた。
隣では、顔を覆って涙を隠す母さん。
二人は。
完全にすれ違っていた。
互いが互いの事を思ったがために……。
こういう時は、感情を吐き出す手伝いをしてやることが、一番だと思う。
だから、隣に座る。
強がりで、無邪気な、優しい母さん。
俺は少しでも、不安を取り除きたくて。
その華奢な背を撫でた。
母さんは、顔を覆っていた手を離し、少し驚いた顔をして、こちらを向く。
その時の振動で、母さんの着ているドレスには。
涙の雫で小さなシミが出来た。
俺は、少しでも母さんに落ち着いてほしくて、微笑んでみる。
だが、あまり効果はないようで、母さんは困惑気だ。
…………困ったな……。
ただ俺は。
再びニコと向き合ってほしいだけなんだ……。
以前と同じ様。
とても仲の良い。
母子に戻ってほしい。
そう思うのは。
二人の関係を狂わせた、俺の……。
……身勝手な願いだ。
「っ……ぅ」
小さくて、抑えつけたような嗚咽が、ニコから聞こえ。
膝の上で、小さな両手を握りしめていた。
「……っ。お、かぁさま…………。おかぁさま、お母様、あたし。あたし、そんなこと思ったことも、言ったこともないよ……! なんで、なんであたしが、お母様を嫌いにならないといけないのっ……?!」
さっきまで座ってたソファーから、ニコが勢いよく立ち会がり。
涙に濡れ、悲しみにくれた赤い瞳が。
まっすぐに。
こちらを向いている。
俺と違い。
まっすぐで、澄んだ赤い瞳。
それは宝石のように美しかった。
「お母様はあたしのたった一人の『お母さん』だよ!! なのに、お母様は『夢のあたし』を信じるの? 『現実のあたし』を信じてくれないの? 見てもくれないのっ?!」
ぽろぽろと涙をこぼしながら、必死に言葉を紡いだニコ。
きっと、この二年間で溜まっていた不安が、母さんの言葉で爆発しているんだろう。
そして母さんは。
ニコの様子で一瞬にして泣き止み。
訳が分からない様子でおたつき。
とりあえず泣き止ませようと手を出そうとしたが、慌ててひっこめ。
その後。
顎に軽く指先をあて、おろおろし始めた。
…………何やってるんだ、この人は……。




