第百五話
だが、所詮。
自己満足だな……。
……そろそろ座るか…………。
「……立ったままはなんだし、座ろうか」
俺はそう言って、抱き着いたままの母さんに、声をかけて、移動する。
その際。
母さんは歩きにくいと気づいたのか。
抱き着くのをやめ、俺の手を握ったので、握り返す。
……やっぱり。
心配、かけてたんだな…………。
そう思いながら、その手を引いて、近くのソファーに座らせる。
泣いている母さんに対して、言いようのない不安を感じたので、隣に座った。
ニコは近くの一人掛けのソファーに座っている。
俺は、この時。
二人の距離が妙に気になった。
以前のニコラであれば、母さんの隣に座ったはずだ。
それなのに、何故。
ニコは距離を置いて座った……?
何故、あの子は唇を噛んで、悔しそうにしている?
…………何故。
それを隠そうと俯いている……?
……何が、あったんだ?
「ロイド……。また、夢かしら? ふふっ、夢だったら。弱音、吐いても言いわよね」
そう母さんは言いながら、涙をぬぐって。
以前と変わらないはずの笑みを浮かべた。
俺はそんな母さんに対し、なんとなく。
……嫌な予感を感じた。
「母さん。夢じゃないよ。これは現実なんだ」
頬が引きつりそうになるのを、必死にこらえて笑みを作る。
俺は、自分の憶測が……。
外れていることを、切に。
願う……。
だが、現実は。
俺をあざ笑う。
「そうね。ロイドはいつもそう言ってくれるのよ? でもね、わかっているの。『これは私が望んでみている夢だ』って」
以前の様な笑顔で。
無邪気に、笑う。
「だから、聞いてね」
この人は……。
……誰だ…………?
否。
わかっている。
わかっているんだ……。
だが、母さんは、こんな。
こんな……。
……こんな、笑顔と呼べない様な顔で。
…………笑う人だっただろうか……?
「あのね、ロイド。母さん、ニコに『お母様なんて大嫌い』って、言われてしまったの。どうしよう、嫌われてしまったわ……。私は……、あの子の母親失格ね…………」
そう言って、母さんは必死に涙を堪えて微笑み。
ニコラは。
驚愕と、絶望の表情で……俯いた。
その時見えた目元には、涙が浮かんでいた……。




