第百話
「で、ニコ。さっき『ディティナが教えてくれた』といったね。それはどういう意味?」
「? そのままの意味だよ? ディティナが教えてくれたの」
ニコはそう言って小首をかしげた気配を感じた。
その姿は実にかわい――じゃない。
……いかん。
俺は、妹にあえて少し動揺しているようだ。
とりあえず話を繋ごう。
「じゃあ、他の馬とか、動物の声も聞こえるのか?」
「え? うん。鳥とか、犬とか、いろいろ」
声に戸惑いの色がありありと浮かぶニコラ。
……父さんがこの場に居たら、奇声を発していることだろう。
まぁ、それは置いておいて。
ニコは動物を例にあげた。
しかし、人間とは一言も言っていない。
人間の声ならざる声は聞こえないのだろうか?
「人は?」
「人? 人は話してくれるよ?」
相変わらず困惑気のニコ。
嘘をつけないこの子の事だ。
本当に人間の声ならざる声は聞こえていないのだろう。
だが、気づいていないということもある。
「いや、そうじゃなくて、口を開けていないのに、その人の声が聞こえたりしないのって聞いているんだよ」
そう問うと、ニコは腕を組んで首を左右に傾け始めたようだ。
きっと、ニコは必死に何か思い出そうとして、眉間に皺が寄っていることだろう。
「う~ん。分かんない」
少し考えたのか、そうニコは答えた。
おそらく本当に心当たりがないらしい。
そして、俺の両脇に陣取って座る二人が、ニコの返答に酷く戸惑った気配を出している事に気づいた。
お前ら少し落ち着け……。
そう思いながら質問を続ける。
「……そうか。では、動物たちの声が聞こえ始めたのはいつごろから?」
俺の言葉に、ウェルコットとエルセリーネはさらに戸惑いを膨らませた。
エルセリーネにいたっては、俺の腕にしがみつくほどだ。
兄上にしろよ。
そういうことは。
なんて考えのせいで顔が険しくなりそうになったが、必死で押さえ、なんでもないというような風を装う。
そんなことをしていたら、ニコが不思議そうな声で言った。
「いつって……。確かお兄様が居なくなってしばらくしてからだよ?」
「「「?!」」」
なん、だと……?
今、この子はなんと言った?
俺が、居なくなってしばらくしてから?
…………今まであった異形の者たちに聞いた話とまったく同じだ……。




