第九十五話
これにシルヴィオは「そうか」とだけ返し、腕に抱き着かれたまま歩き。
競技場を見下ろす、観客席に着いた。
一部を除いた観客席は人で埋め尽くされており。
彼らは、あまり試合が見えないため人がおらず、空いていた場所に座った。
この時。
ルーフの声が聞こえた。
『第四十一回武術大会を開始する。なお、これは殺し合いではないことを忘れないでほしい。私からは以上だ』
そう機械音じみた声だったが、彼はそういって、踵を返し、見えなくなった。
と、同時に会場に響いた黄色い声援と、雄叫び。
シルヴィオは突如聞こえたその声に、慌てて耳をふさいだ。
(くそ、耳が……って。今の、声にしては変だったな)
「まぁ。魔術か錬金術。どちらかが使われるんだろうな……」
ぽろっと出た言葉。
それをきいたウェルコットは一つ頷いて口を開いた。
「えぇ。これは機械内に閉じ込めてある魔力が、通した声を大きくしております。それと、あの機械はファムローダの魔導師、錬金術師、研究者が初めて協力して作り上げた機械なのです」
「……そうか。まぁ、会場も盛り上がってきたみたいだな」
嬉しそうなウェルコットの声を聞いたシルヴィオは、苦笑し、閉じたままにしていた瞼を開け、空を仰いだ。
目に映るものは、暗黒。
ただそれのみ。
彼は自嘲するかのように、口元に笑みを浮かべた。
(『そうしていた』か……。あぁ、そういえば。ルーフがウィルにばらしたんだった……。かけた呪い。っても少しだけど、解かないとな…………)
めんどうだな。
彼はフッとため息をつき、瞼を下ろした。
「いかがなさられましたか、シルヴィオ様」
「いや。面倒だなと、思ってな……」
「面倒……? あぁ、大陸制圧ですね。残りは数か国。すぐ片付きますよ」
「あぁ。それは分かっている。エルセリーネ。ウィルと――――」
「このようなところではなく、客人専用の所に行けばいいだろう。ロジャード……?」
突如、背後から聞こえた男の声。
シルヴィオはこれに驚愕を示し。
それからゆっくりと、声のした方へと体をひねった。
「……お久しぶりでございます。まだ、生きておられたのですね。…………マディティス大尉」
「あぁ、生きてたさ。どっかの馬鹿が死ぬぞと脅したあげぐ、さっさと居なくなりやがったからなぁ……」
ぶっきらぼうに言った黒髪赤眼に、耳のとがった男・マディティス。
そんな彼にシルヴィオは小さく笑った。
「すみません……。あのときは急いでいましたので」
「なんとなくそんな気はしていた。……だがまぁ、気にするな」
「……ありがとうございます。ですが、どうして私だと?」
「…………簡単に言えば気配だな。なにより、お前みたいに得体のしれない気配の人間は、ほかに居ないからな」
マディティスはそう言って頭をかいた。




