第九十四話
(…………そうだった……。こいつ、一応生粋のファムローダ人で魔導師だった……)
余計なことは言うまい。
そう決め、彼は沈黙。
(……執事と鉢合わせたら、きっと俺の精神が死ぬのは間違いない。と、なれば――――)
「エルセリーネ。出てこい」
そうシルヴィオは立ち止まって呟き。
数秒後。
彼は、完全に視力を失った。
「私、出しても良いのかしら……?」
戸惑いを大いに含んだエルセリーネの声に、彼はすっと目を閉じ。
口元に笑みを浮かべた。
「あぁ。頼む」
「……わかりました。では、シルヴィオ様の代わりに、この目に試合のすべてを焼き付けますわ」
ふふっと上品に笑ったエルセリーネ。
シルヴィオはそんな彼女の言葉に苦笑。
「それと、シルヴィオ様。私が戻れば分かる事なのですが、お姿が……その…………」
「初老の男性ですね」
言いにくそうなエルセリーネに変わり、ウェルコットが淡々と言った。
「は…………?」
「ですから見た感じ、オッサンです」
「……そうか…………。まぁ、どうでも良い。さっさと客席に向かうぞ」
そう言って歩き始めたシルヴィオ。
しかし、そんな彼をウェルコットが呼び止めた。
「待ってください。これを」
ウェルコットがそう言って、シルヴィオの右手に握らせた物。
それは、赤い宝石が主張し過ぎていない黒のステッキ。
「……杖、か…………?」
「はい。これで、どこからどう見ても、普通の紳士です」
自信満々なウェルコット。
そんな彼に、シルヴィオは目を閉じたまま、困った顔をした。
「服が問題だろう……」
「あ。そうでした……。すみません。今すぐ対処しますね」
ウェルコットはそう言って、あははと乾いた声で笑い。
それを聞いたシルヴィオは顔に方手を当て、ため息をついた。
「…………そうだった……」
「どうしました? シルヴィオ」
きょとんとするウェルコット。
「いや。ただ……お前の術使えばエルセリーネ出さなくてよかったことに気づいてな…………」
眉を寄せたシルヴィオの言葉に、ウェルコットはハッとして、バツが悪そうに顔を歪め。
弱弱しく言葉を紡いだ。
「………………疲れですよ。きっと……」
「そうだな……。そう言うことにしておこう」
苦笑を浮かべ、杖を突いてゆっくり歩き出す。
それを見たエルセリーネは、スッと彼の左に付き、腕をからめた。
「少しは見えます?」
「いや。まったく」
「……体の一部がふれていれば、って思ったのに、残念」
「しかたないだろう。必要だったんだ」
「わかってる……。きっと私があなたでも、そうしてると思うから」
先ほどと打って変わって、砕けた口調で言った彼女の言葉は、隣に居るシルヴィオにだけ聞こえる声の大きさだった。




