第九十二話
刹那。
彼の喉元に鋭く光る剣の切っ先が向けられた。
「何者だ」
そう、声を発したのは短い黒髪に、琥珀色の瞳を持った青年。
(……ウィルロット。…………雰囲気が刀で不審者を追っ払っているときのノエルさんに良く似てる……)
シルヴィオは突きつけられた剣ではなく。
彼の雰囲気を通じして感じたノエルの存在に、顔をひきつらせる。
(もしばったり会いでもしたら、俺絶対死ぬ…………。……絶対ノエルさんにだけは会わないようにしよう)
彼は内心で大きく頷き、再び聞こえたウィルロットの声で、剣を突きつけられていたことを思い出した。
「…………ところでルーフ。お前はなんで俺だと分かったんだ……?」
「ん~? シルヴィオが馬鹿だから」
怪訝そうに問うシルヴィオに、ルーフはへらへらっと笑って、ふざけた口調で言った。
「……お前ほど馬鹿じゃないさ」
ため息をついて、言ったシルヴィオ。
そんな彼に、ルーフは笑みを浮かべた。
「何言ってんだよ。お前は正真正銘、大馬鹿。その上鈍感! あぁ。もうお前死ね」
「ルーフ。言っておくが、俺はお前ほどどうしようもない人間じゃないからな。それを忘れんな」
シルヴィオそう言って再びため息をついた。
彼らのやり取りを聞き、スッと剣を下ろしたウィルロット。
「…………ルーフ。どういうことだ?」
「ん? ウィル。まだ分からないのか?」
「何をだ?」
「そいつ。ロジャード」
ルーフはそう言って、シルヴィオを指さし、ウィルロットは眉を寄せたまま、剣をしまい。
先ほどルーフが言った言葉を頭の中で反復。
「……………………は……?」
「だ~か~ら、そいつがロジャードなんだって」
「……いや。髪とか目とか、骨格から違うだろ?」
「そうだな。でも、正真正銘ロジャードだぞ? で、本名・シルヴィオ。後になんか長いのついてたけど、忘れた」
あははと声を上げて笑うルーフを見つめるウィルロットの視線はとても冷たかった。
「まぁ、良い。で。お前がロイドだってどうやって証明する気だ?」
「いや、そもそも証明するきねぇし……。おい、ルーフ。ここ最近この国に異変は?」
スッと視線を向けてきたウィルロットに、シルヴィオはめんどくさげに答え。
ルーフに問う。
「異変? なんだそれ」
「いや。無いなら良いんだ。だが、もしもの時のため、ファバルと同盟を結んでほしい」
「そうか。だが、破竹の勢いで巨大化している国が、こんな弱小国と同盟なんて結んでくれるわけねぇだろ?」
馬鹿じゃねぇの。と、付け加え、盛大にため息をついたルーフ。
シルヴィオはそんな彼に困った顔をした。
「……ルーフ、何か勘違いしているようだな。…………俺は『結んでくれ』と頼んでいるんだが?」
「…………なんでお前が頼むんだよ」
怪訝そうに問うルーフ。
同じく怪訝そうにシルヴィオを見つめるウィルロット。
シルヴィオはそんな二人を前に、顔をしかめた。
「説明が面倒なんだよな……」
「はい出た! 変なとこでめんどくさがるロイドの癖!」
「ルーフ。お前はちょいちょいテンションがおかしくなるよな」
「ロイドもだろ?」
「……そうだな。ま、返事は急がない。が、時間もない。せめて武術大会終了時までに決定しておいてくれ」
さっと踵を返して扉をくぐる彼に、ルーフは了解。と返事を返した。




